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偽物が君を安心させる
彼は分かり易い人だった。
私の動きを常に監視しているようで、異性と少し会話すれば長いメールが届き、手が少しでも触れたりすると電話が掛かってきた。
恐いとも思ったし、気持ち悪いとも思った。
それでも、私はあれから徹底的に三郎や雷蔵を避けた。特に二人と話しをした所を見られると脅されたのだ。日に日にエスカレートする彼の行動に、憔悴しきったのは二週間目のことだった。
「翠……クマが出来てる。なんだか痩せたし、何かあった?」
今は私の家に雷蔵と三郎が居るから見られることは無い。目の下を優しく撫でられても、それを振り払わなくて良いのはとても、気が楽だ。
「ううん、大丈夫。でも何だか最近眠れなくて…。」
「不眠症か?明日は学校休んだ方が良いんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。それに、お母さんとお兄ちゃんが頑張って働いて高校行かせてもらってるからそんなこと出来ないよ。」
「でも、倒れたら母親と兄にも心配かけるだろ。」
「う、それは…」
お母さんはともかく、お兄ちゃんなんて何があっても飛んで帰って来そうだ。昔から小さな怪我だけで大袈裟な人だったから。
「本当に大丈夫なんだよ?」
「大丈夫じゃない人ほど大丈夫って言うんだよ。」
安心させようと思って言う言葉も全て裏目に出てしまうようだ。仕方ない、明日は休んでグッスリ寝ることにしようかと思ってその日は二人に見守られて眠りに着いた。
最後、意識が飛ぶ前に二人が何か話していたがそれは残念ながら聞くことが出来なかった。
次の日、いつもよりスッキリしていたが二人によってベッドへ押し戻され私は休むことになった。学校には行けると言ったのだが、私が二人に適うはずもなく、学校を休むことになった。
一番驚いたことと言えば雷蔵と三郎も学校を休むと言い出したことだ。
それにはいくらなんでも、と思い私は二人を説得した。渋々といった様子で学校には行ったが、早退でもしてきそうな様子だったので、きちんと授業を受けないと家には入れないと言い切った。勿論、訪ねてきたら入れてしまうだろうが……。こういう押しに弱いところが駄目なのだろうか。冴木くんの件も、私の意志が弱いからこそ招いた結果だ。
私ってほんと、駄目な人間だな…。
遠のく意識の中で、最後に思ったことはそんなことだったと思う。
→ →
「やぁ。」
ああ、今一番会わせたくない人。雷蔵にも、翠にも。それから自分自身にとっても一番会いたくない人だ。
にこにこと笑顔で話しかけしているが、どこまで能天気なのだろうか。自分が今どれほど危ない状況に近づいて行っているのか分からないからこその余裕。早く落としてしまいたいが、雷蔵はまだ上げると言っていた。上げて上げて落とすつもりなのだろう。
「何の用だ。」
「何の用?それは君が一番良く分かっているんじゃないかな?」
「さぁ。全くこれっぽっちも想像すらできないな。」
「翠はどこだ。」
こいつにしては珍しい。俺の胸倉を掴み、強く壁に叩きつける。少し痛いが彼には腕力が無いのでそれほどでもない。
「優秀で学園の優等生な冴木くんが暴力か。これは新聞部も喜ぶネタだなぁ。」
「早く答えろ!!」
「何故?」
何故こいつに翠の居場所を教えないといけないのだろうか。
首を傾げて目を細めて睨めばそれだけで胸倉を掴む力が緩んだ。その隙に強く手を振り払う。不愉快な奴といつまでも顔を近づけて話しをしたくない。
「話しかけたのが私なのは計算か?それとも適当に?私が雷蔵だったなら、君は今頃血塗れだろうな。」
「戯れ言を……ふ、ふははっ!鉢屋はおれの後ろに何がいるのか知らないんだろう?虚勢を張ったって無駄だ!お前達は翠に近づきすぎだ。いつか絶対後悔させてやる。」
「ふぅん…どーぞ、ご勝手に。」
そのまま、踵を返し教室に戻ろうとするが、肩を掴まれ再度詰め寄って来る。何故こいつの顔をこんなにも近くで見なければいけないのか。胸糞悪い。
「誰が帰って良いと言った!おれは翠の居場所を聞いているんだ!!」
「耳元で叫ぶなよ、鬱陶しい。」
そう言われた瞬間、冴木の右手が動き殴られるんだろうな、と客観的に考えていた。その予想通り、弱弱しい拳が自分の左頬に当たり、その勢いで二歩ほど下がった。人を殴ったことに興奮しているのか、何やら叫んでいるがその声量が頭に響いて煩い。こんなことなら早退でもすれば良かった。翠は家入れないと言っていたが、彼女がそんな非道なことをするはずがない。そもそもなんで今日翠は休んだんだっけ。
「翠はおれのだ!鉢屋にも不破にも誰にも渡さない!!」
「………うるさいな。」
きっと、そんな呟きは聞こえなかったのだろう。自分の言いたいことだけずらずらと論文のように述べているこの男の胸倉を、今度は俺が掴んだ。先程された時よりも強く壁に押し当てたからか、息を詰まらせた冴木は情けなくも咳き込んでいる。そんなことで苛立ちなど晴れないが。
「いいかよく聞け、冴木雄太。碧緑翠は君のものじゃない。勘違いするな、今は貸してやっているだけだ。お前にも八左ヱ門にも勘右衛門にも兵助にも、誰にも。ーー渡さない。」
ビクリと震えた体はそのまま硬直し、めいっぱい目を見開いている。そんな情けない姿を鼻で笑い、掴んでいた胸倉を離した。その場に座り込んでしまった冴木を冷たく見下ろし、ゆっくりとしゃがみ目線を合わせる。それだけで震えるのだから弱い生き物だ。
「翠は、俺達のものなんだよ。知らなかった?」
それだけ言って立ち去ると今度こそ止めようとはしなかった。煽りすぎたかもしれない。変な気を起こさなければいいけれど…。
ああ、面倒くさい。早く始末してしまえば翠も憔悴することもないし、登下校も一緒にできるし学校でも話せる。
学校では話しかけないで欲しい、今日からは一緒に帰れない、お弁当も冴木くんと食べないといけないの。どれもこれも冴木雄太に脅されてやっていることだろうが、それに逆らえない翠は表では謝りながらもその瞳は明らかに助けを求めている。でもそうしないのは、きっと翠が私達を弱いと思っているからだろう。
喧嘩とは無縁の存在。そんなこと、あるはず無いのに。
「雷蔵。」
「あれ?三郎?どうしたの、三郎もストレス発散?」
体育館の倉庫裏。そこは不良の溜まり場として有名だ。それを良いことに利用しているのが雷蔵。五人ほどの男が、文字通り血塗れで倒れている。生きているのか確認の為に軽く横腹を蹴ると呻き声が聞こえたので生きてはいるようだ。
「また派手にやったな。」
「三郎も。頬どうかしたの?」
「ああ……ただの喧嘩だ、気にするな。」
「ふーん?怪我するなんて珍しいね。油断でもした?」
「ふふん、怪我したら翠が心配してくれるからな。」
「あっ!三郎ずるい!そんな手が……ねぇ、三郎怒らないから僕を殴ってよ。」
「断る。」
横たわる男共を踏みつけてこちらに寄って来る雷蔵を待たずに教室へ帰る為に歩き出した。隣でどうやって怪我をしようか考えている雷蔵に、二人とも怪我していたら不自然なことを伝えると残念そうに喉を鳴らした。
それはまだ、午後一時の出来事。
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