17
午後三時十三分三十秒
ぼんやりと目を開けると、視界の端で時計が見える。そういえば、今何時なのだろうかと時計を確認すると、十五時になる手前だった。朝起きてから今まで眠ってしまっていたらしい。
よく寝たなぁ、と考えながら携帯電話に手を伸ばして思わず固まった。
電話とメールの数が、異常だったから。犯人は一人しかいない。そういえば、今日休むことを言っていなかった。
どうしようどうしよう、と狼狽えているとまた携帯電話が震える。着信だ。
気が動転していたからか、私はその通話ボタンを押してしまい恐る恐る耳に電話を当てる。
「も、もしもし…」
「…………。」
「あの、冴木、くん……?」
「今何処にいる。」
その言葉に急に息苦しくなり、携帯を持つ手が震える。彼は間違いなく怒っている。
何か言わなければ、と思って咄嗟に出たのは病院だと言う嘘。
「い、今病院でね、あの、風邪をひいちゃって、その、」
「ああ、そうだったんだ。じゃあお見舞いに行くね。」
「えっ…?大丈夫!全然、その、普通の風邪だからっ!だから!」
「今、翠の家の前で居るんだ。」
「…え?」
「おかゆでも作って待ってるね。じゃあ、早く帰って来てね。」
その言葉の後に、直ぐに切れてしまった電話。彼は何と言った?家の前にいる?それって、何処の、家の前?
カチャン、と玄関から音が聞こえて私は直ぐにトイレへ駆け込んだ。鍵を閉めて通話履歴の一番上に名前があった雷蔵に電話を掛ける。怖い、怖い、と涙が溢れ唇を強く噛み締めだ。
「…もしもし?翠、どうしたの?」
「らっ、」
雷蔵、助けて、と声を出そうとした時だ。
コンコン、とトイレのドアがノックされる。
「翠?もう家に居たんだね。出てきてよ。」
見つかったことが分かったと同時に震えが止まり、終わりだ、ともう諦めの境地に陥った。
何も言わない私に苛ついてか、今度はドアを強く叩く。
「っ!」
「居るんだろ!鍵を開けろ!!」
「さ、冴木くん、お願い、やめて…」
「止めるって何を?俺達付き合ってるのに、どうして翠は逃げるの?可笑しいよねぇ、こんなの可笑しいだろっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、謝るから、謝るからもう許して、お願い、」
トイレの中で座りこんで只管そう繰り返していると、ドアの向こうから気配が無くなり、帰ってくれたのかと思った。慌てて携帯を見ると通話は切れており、もう一度かけなおすが雷蔵は電話に出ず、三郎にも電話したが出なかった。思えば今は授業中。それなのに電話に出たということは彼は授業中に電話に出たのだ。先生に見つかれば没収される可能性もある。もしそうなったのなら申し訳ない…。
外から何も聞こえないが、念のためだと思いトイレの中で十五分は待った。その間一度も物音が聞こえなかったので、私は本当に彼が帰ったのだと都合の良い考え方をした。それ事態可笑しいのだ。帰ったのならば、家から出る音がするはずなのに。
それに気付けなかった私は、簡単にトイレの扉を開け辺りを見渡す。誰も居ない、ああ良かった、と胸を撫で下ろした。
「待ちくたびれたよ。」
耳元で囁かれた声に、私は悲鳴をあげ、直ぐに距離を取った。廊下に携帯が転がり、玄関を目指して走った。ドアノブを下げ、外へ出ようとするとガチャンと音があし、ドアが開かない。彼が入って来た時にチェーンをしたようで、慌てて外そうとしたが、手が震えているせいか開かない。
はた、と思いだし急いで後ろを振り返ると、廊下の奥で彼が何かを手にして立っている。
あれは、何だっけ。そう、包丁だ。
目を見開いてその姿を見て、数秒。私と彼が動いたのはほぼ同時だった。
玄関から一番近いお風呂場へと体を滑り込ませ、ドアを閉めるが、彼の足のせいでドアが閉まらない。もう涙で視界が歪んで自分が何をしているのかも分からなかった。
私の力が彼に適うはずもなく、あっけなく押し切られてしまった私は、反動のせいでバランスを崩し尻餅をついてしまった。
痛さに顔を歪める暇も無く、馬乗りになられた私は首を強く締められた。翠、翠、ああ翠と何度も何度も私の名前を呼ぶ彼は何故か笑顔だった。
酸素を欲してか、口を大きく開けるが呼吸はできないまま。
ああ、このまま死んでしまうのだろうか。
お母さんごめんなさい。お兄ちゃんごめんなさい。
頭の中で順番に謝罪していくが、どうしても幼馴染の二人には謝罪できなかった。私に隠し事してたんだから、謝ってなんかやるもんか、と少しだけ笑みが零れると同時に、首元が突然軽くなった。
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