18

気付いていないのはダレ?

「翠……翠…」

名前を呼ばれ、思い出したかのように私は咳き込んだ。掴まれていた首がヒリヒリと痛く、自分の手でゆっくりとなぞると、助かったと言うことを漸く理解した。

「……、らいぞ…?」
「翠……ああ、良かった。良かった……。」
「雷蔵、とりあえず翠を運ぼう。」

三郎だろう。その声が聞こえて私はどちらかに持ち上げられた。感覚がはっきりとしない為か、どちらか分からない。


「ごめんね……。」

心配かけて、ごめんね。弱くて、ごめんね。
例え心中でも、二人に謝れなくて、ごめんなさい。

そんなことを、私はまた心の中で謝った。
だんだんと意識が薄れて行く中で、私は二人にただただ謝罪を繰り返した。





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授業中なのにも関わらず震える携帯に、三郎の方を見た。腕を組んで机に突っ伏している。三郎じゃないとすれば勘右衛門か…八左ヱ門だろう。誰にせよ、授業中に携帯を使うことは校則違反。規律正しく過ごしてきて、もう直ぐ二年になる。まだ不安定な今の時期、授業態度で教師に目を付けられるのは避けたい。そう思って暫く無視したのに、携帯の振動は止まらない。
少しだけ苛立ちながら、一体誰が電話して来ているのか教師の目を盗んで画面を見た。

その名前を見てから直ぐに五秒前の自分に苛立ちを覚え、同時に歓喜した。
授業中だと分かるこの時間に、翠が自分に電話してきたのだ。これが喜ばずにいられる?

「…もしもし?翠、どうしたの?」

平静を装い、いつも通り電話に出た。
静かな教室。声を発しているのは教師しかいない。その教室の中で、僕の声が教師の声と重なる。
視界の端で三郎が慌てて起き上がる姿が見え、教師が驚いた様子で振り返っている。

「ら、」

雷蔵。
そう呼んでくれると思っていた。それなのに、声は聞こえず変わりに壁を強く叩く音が聞こえる。誰かが何か言っているがそれは聞こえず、翠?と名前をもう一度呼ぶと彼女はやっと声を発する。


「さ、冴木くん、」

冴木。冴木雄太?

「授業中に携帯とは何事だ!これは没収!」

教師の手には僕の携帯があり、激怒している様子だった。ぼんやりと教師と携帯を見、通話が終了していることにも気付いた。

いつの間に拳を振り上げたのか、殴ってはいけないと理解したのは直ぐで、反射的に拳を振り下げた。
ドンと机を叩くと同時にその場に立ち上がる。

「先生。」
「な、なんだ…」
「体調が悪いので、早退させて頂きますね。」
「先生、私も体調が悪いので早退します。」
「は?」

既に鞄を持ち立ち上がっている三郎に気付き、僕も慌てて教科書を机の中にしまい、筆記用具を鞄へ詰め込んだ。

「それでは、先生。さようなら。」
「失礼します。」

ゆっくりと教師の手の中から携帯を抜き取り、笑顔も忘れず教室から出た。教室の戸を閉めて、直ぐに走った。

「状況は?」
「冴木雄太が翠の家にいる。」

走りながら渡されたのはバイクの鍵で、秘密裏に隠して貰っている所まで走った。いつもいる筈の人物はいないが、探している暇は無いので制服のジャケットを脱ぎ、三郎に渡された別のジャケットに袖を通す。彼の方を見るともう着替え終わっているので相変わらずだと思った。

「三郎。」
「最短だろう。もう確認済みだ。」


ああ、だから、三郎は堪らない。

自分自身の口角が上がっていることにも気付かず、三郎の後を追った。

普通に行けば三十分はかかるのに、三郎にかかれば二十分切るのだから本当に侮れない。
バイクから降り、玄関に向かおうとする三郎を止めて首を振った。

「駄目だよ、玄関は危ない。裏口から回ろう。」
「鍵は?」
「勿論、持ってるよ。」
「流石。」

鍵を回し、三郎と顔を見合わせて頷いた。足音を立てずに入り、リビングへ行くとまず水辺を確認する。いつもの位置に包丁が無いことに気付き、次いで声が聞こえた。三郎に手で合図をして、声のする風呂場へと近付くと同じ制服の男の姿が居た。翠の上に乗って。

横腹を強く蹴り、転がった人間を見るまでもなく翠に目を向けて抱き起した。三郎が床に刺さっている包丁を抜き、僕に翠を移動させようと提案してきたので三郎にそれを頼んだ。

「さぶろう、らいぞう、」
「どうした?」
「どうしたの?」
「ごめんね…ごめんなさい…。」

三度ほど、そう繰り返した翠はそのまま気を失ったようで、何も言わなくなった。

ああ、翠。なんて可愛い。なんて愛しい子。

「ふふ、」

ゆっくりと頬を撫でて半開きの口に自分の口唇を重ねる。舌を入れようとすれば三郎が気付いたのか肩を掴まれ止められる。

「えー、だめ?」
「だめ。」
「二週間も我慢してるのに…」
「それは私も一緒だ。」

ゆっくりと翠を抱き上げた三郎は、そのまま寝室へ向かってしまったので、仕方なく冴木雄大へと目を向けた。


「さあ、どうしてやろうか。」




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