19
卑怯な男と最低な女
ゆっくりと目を開けると、視界は毎日見ている天上でいっぱいになっており、朝なのかと寝ぼけた頭でゆっくり考えて何かが可笑しいと頭を押さえた。ゆっくりと手を首に下ろしてそっと触る。そうだ、首を、絞められていたのは……いつのことだ?
「翠…!良かった、目を覚ましたんだな。大丈夫か?……まだ首が痛いか?」
「三郎……そうだ、わたし…二人に助けられたんだね…。」
「助けるのが遅くなって悪かった……」
「違うよ…!三郎も、勿論雷蔵だって何も悪くない。私がしっかりしないから。」
ごめんなさい、と顔を上げて三郎の顔を見るとその頬が何故か赤く腫れている。思い浮かぶのは勿論彼の言葉だ。
「二人がどうなっても良いのか?」
と。
「さ、三郎…その頬、」
「ん?……ああ、これは、」
「私のせいなの!」
気付けばそう叫んでいた。
「私が言うこと聞かないから、私が逆らったりしたから…!ごめんなさい、ごめんなさい…、私、取り返しのつかないこと、」
「ふっ、ははっ」
思わずといった様子で笑いを噴出した。どうして笑っているのか分からない私はただ笑っている三郎を見ていることしか出来ず、瞬きだけを繰り返した。
「あ。あの…三郎…?」
「ああ、笑ったりしてごめん。これは、今日の体育でバスケをしていた時、八左ヱ門に当てられたのさ。酷い話しだろう?」
「ハチに…?体育で…?」
「ああ、だから翠のせいじゃない。それに、私はそんなに弱く見えるか?」
「それは……見えないけど…」
三郎も雷蔵も沢山習い事をしていた。小さい頃の話だけれど、空手や剣道にライフルなんかもやっていたような気がする。それは何故かというのと聞いたことがあるが、ただ守りたい人がいると言うことしか教えてくれなかった。
その時は好きな女の子がいるのだろう、ぐらいにしか思わなかった。………女の子じゃなくて男の子だったみたいだけど…。
でも、体育で。そうか。ああ、良かった。彼はまだ何も仕掛けていないらしい。
「私の勘違いだったんだね…。でも、良かった。喧嘩とかじゃなくて。」
「喧嘩なんて、そんな危ないことするはずないだろう。」
「そう、そうだよね。何だか混乱しちゃって……疑ってごめんなさい。」
「翠が悪くないのに謝るのは禁止って昔約束したよな。」
「え?そんな約束も……したのかな…?」
正直、約束なんて沢山しているから全部は覚えてない。三郎も雷蔵も私と同じでそうだと思っていたけど……もしかして覚えている?
いや、そんなわけ無いよね。たまたま覚えていただけだろう。
「それで、罰則覚えてるか?」
「ばっそく?」
「そう。破ったら、しなきゃいけないこと。」
一体なんだろう、と考えていると三郎が不意に手を伸ばして私の口唇に人差し指を当てる。
「さ、ぶろ?」
「キス。」
「きす?」
「キスしてくれるって、翠が自分から言ったよな。」
正直そんなことは全く覚えてない。でも、三郎は物覚えも良ければこんな嘘はつかない。そうなれば、彼の言うことは本当だということになるのだろう。
昔はキスなんてよくしていた。友達なら普通だよ、なんて言われて二人がキスしているのだって見たことがある。後に私のファーストキスは2人に丸め込まれたすえ雷蔵としてしまったが、鮮明に覚えているわけではない。雷蔵はよく強請ってきたが、三郎は一度だって強請ったことは無かった。ただ、雷蔵に強請られたらその後三郎にもしていた。三人という輪を壊したく無かったから。三人で、ずっとこのまま大人になっていくと思っていた。
思っていたのは、私だけだった。
「三郎って、一回も強請ったことなかったよね……」
「自分のことは覚えてないのに、俺のことは覚えているんだ?」
「だって…、三郎は私のこと、嫌いなのかなって……ずっと考えてたから…」
「俺が翠を?嫌いな奴をこうして助けると思うか?」
「利益があれば、助けそう…」
「ははっ、酷い言われようだが、そうだな。違ってはいない。」
自分で聞いておきながらしっかりと否定しない。本当に、三郎って、
「翠?してくれないのか?」
「じゃあ、目閉じて…。」
「はい。」
いっそのこと二人の関係を知っていると言ってしまおうかと思いながら自分の口唇を三郎の顔へ近付ける。口唇が触れて直ぐに顔を放すと、三郎もぱっと目を開けた。
あ、と言ったので、えっ、と身を固めるとその瞬間に手が後頭部に回されて、また彼と顔が近付く。
私は頬にキスすれば良いと思っていた。だって、三郎は雷蔵がいるから。私は二人にとって蚊帳の外だから。何方かをなんて選べなかった。でも、何方かに選ばれるかもしれないと思ったこともあった。二人はそんな私の心など露知らず、お互いを選んだ。選ばれなかったのは、何方も得ようとした私。
「翠はずるいな。」
顔を離してそう言いながら笑う三郎を見ながら、最低だと思った。
三郎と雷蔵は付き合っているのに、それなのに。私は今、彼にキスをされて喜んだ。
私って、本当に最低。
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