Happy Christmas

「過ごす相手を間違えたのでは?」
 医療室に備え付けの給湯室でコーヒーの準備をしているナイチンゲールから投げかけられた言葉にサンソンは灰青の瞳を数度瞬かせる。衝立に隠れて看護師の赤い背中は見えないが、その声音に険はない。些か言葉足らずにも思える台詞に小さく笑って、読みかけの書類を机上に置いた。
「君の方こそ、声をかけられていたんだろう?」
「私は、職務がありますから」
「なら、僕も同じだ」
 クリスマスを楽しんでいるのは何もマタ・ハリたちだけに限らない。食堂ではエミヤやタマモキャットによる豪勢な料理が振舞われるパーティーが開かれていたし、大半のサーヴァントはそちらに参加しているはずだ。それ以外にもあちらこちらでささやかな宴が開かれているのだろう、喧騒がさざ波のように肌を打つ気配がする。いつもは多忙を極めているスタッフたちもこんなときばかりは羽目を外していて、そうすると必然、何かあったときのためにと医療室に詰めるのは日頃から出入りしているサンソンとナイチンゲールの役目だった。それを苦だと思ったことはない。賑やかしい場はあまり得意ではなかったし、サーヴァントである彼らよりスタッフたちの方がよほど、気晴らしが必要だ。
「まあ、貴方がたがそれでいいなら構いませんが」
 抑揚のない声音でそう言って、衝立の向こうから現れたナイチンゲールの持つ盆の上には湯気の立つマグカップと、それから砂糖菓子のサンタの乗ったチョコレートケーキが二つ。短く礼を言ってコーヒーを受け取ったサンソンに、赤い眼差しがじっと向けられる。
「……随分と熱烈な誘いを受けたようですので」
 と、続けたナイチンゲールの手袋をはめた指先は自らの首元を指している。示す先に思い当たる節のあったサンソンは、つと視線を下げ、緩んでいた襟元に気づくときまり悪そうに眉尻を下げた。
「……失礼」
 タイを締めなおしたその襟元、灰褐色の髪の隙間から覗くのは花を散らしたような赤い痕──今この場においてははっきりと、鬱血の痕と表した方が的確かもしれない。動作に合わせてふわりと漂った花の移り香に、つい先ほどまで触れていた甘い熱を思い出しかけて、コホンとわざとらしく喉を鳴らした。
 けれど指摘した当の本人は気にしたそぶりもみせず、むしろ滅多に見せない笑みを微かに唇に刷いて、肩を竦めてみせる。
「別に、構いません。そのくらい隙があっても貴方なら好ましい」
 吐かれた言葉は本気か冗談か。瞳を瞬かせるサンソンをよそに、いつもの凪いだ表情に戻ったナイチンゲールはふうっとマグカップに息を吹きかけると一口すする。机上に並ぶケーキに飾られたサンタクロースの口元が、どうにもこちらに笑いかけているように思えて、ふっと一つ苦笑混じりの息をついた。
「……メリークリスマス。フロー」
「ええ。メリークリスマス」
 掲げたマグカップの向こう、閉じられた瞼が白い湯気に霞む。喧騒を遠くに聞くこの静寂が、やはり彼は嫌いではなかった。