All I Want for Christmas Is You

 いつも無機質な通路に、きらきらと電飾の明滅するツリーが飾られているのに気づいたマタ・ハリは無意識にふふっと喉を鳴らした。いつか聞いた流行りのクリスマスソングを口ずさむ。少し早く終わってしまったパーティーから自室への帰り道、足取りが随分軽いのはアルコールが回っているからでもあったし、何より過ごした時間がひどく楽しかったからに他ならない。けれどそれ以上にと、ふと反芻していた記憶に足を止め、肩口で揺れる髪に手を伸ばした。ゆるく巻いたそれが、友人の鮮やかな薔薇色の髪と重なる。
『今日はありがと。髪も』
『これくらいお安い御用よ。今夜のあなた、とっても綺麗だわ』
『ふふ。君のおかげでね』
 ああ、なんだかほどくのが勿体ないかも。と、そう続けて照れたように笑ったブーディカは、やはりマタ・ハリの目から見ても美しかった。
 不思議だ、と思う。まさか自分に、同性の親しい友人ができるだなんて。生前は使用人のアンナを除いて、友人と呼べるような相手はほとんどいなかった──ずっと昔、まだオランダで両親と暮らしていた時は、そうでなかったかもしれないけれど。
 おぼろげな記憶に揺蕩っていた思考が、ふと届いた聞き覚えのある足音に浮上する。少し重い、踏みしめるような歩き方。
「……シャルル?」
 ほとんど明かりの落ちた通路の向こうで、月光のような灰褐色の髪が揺れた。纏った黒いコートの裾が、ひやりと冷えた廊下に影を落とす。マタ・ハリの姿をとらえたサンソンは、灰青の瞳を細め、それからどこか気遣わしげにやわらかな髪が覆う首を傾げた。
「……迎えは、不要だったかな」
 こぼされたその落ち着いた低い声音が、とても、優しかったから。青の双眸を瞬かせ、次いで開いた彼女の唇は自然と甘く弧を描いている。
「……いいえ」
 伸ばした指先を掴む、大きな手のひら。珍しく履いたヒールが薄氷の目線を近づけて、喉を鳴らす少女に、つられて穏やかに笑った青年の瞼が伏せられる。
「楽しめたかい?」
「ええ。とても」
 返された相槌は短い。きっとほんの少しだけ脱け出してきたのだろう。もしかすると、フローレンスに何か言われたのかもしれない。その小さな気遣いを嬉しいと思うくらいには、今夜の彼女は幸福だった。繋いだ手のひらはそのままに空いた手を伸ばせば、サンソンの白い頬が寄せられる。滑らかなそれにわざと痕がつくように、ルージュの艶めく唇を押し当てると、気づいた彼も小さく笑った。少し冷えた唇が同じようにマタ・ハリのふくらとした頬に口づけを落とす。
「……今夜の私を手放すの?」
「代わりに明日の朝にも口づけを」
「ふふ。仕方ないわね」
 クリスマスの贈り物は朝までのお楽しみだもの。と、続けた台詞は聖夜に溶ける。ゆったりとした足取りで歩きだしたふたりの後ろで、ツリーの星がちかりと瞬いた。