微睡みに冬

 冬が近くなると日本に由縁のあるサーヴァントや職員が、"コタツ"が恋しいと口にするのはよく耳にしていた。カルデアでは刑部姫の私室やボイラー室横の茶室には毎年用意されていたが、ついに「最近では町中に炬燵を置いて、交流の場とするような文化もあるらしい」という誰かの発案がもとで、今年は談話室のいくつかが日本風の一室に改装されることとなった。
 そのお陰で、それまで"日本の冬の風物詩"に馴染みのなかったサーヴァントたちも、気軽に体感することができるようになったわけだが。
「あれ、サンソン……と、マタ・ハリ?」
 たまたま通りかかったらしいマスターの呼びかけに、すっかり炬燵から出るタイミングを失っていたサンソンは些か決まり悪そうに肩をすぼめる。対するマタ・ハリはほこほこと幸せそうに顔を綻ばせて「あら。いらっしゃい、マスター」と彼女を手招いた。誘われるままサンソンの向かいに腰を下ろして、炬燵に足を入れたマスターはしたり顔で頷く。
「ははーん。さてはふたりとも、炬燵の魔力にとりつかれたね」
「……正直ここまでとは思っていませんでした」
「あったかいわねえ、これ」
「だよねー。人をダメにする道具だよ、これは」
 うっかり寝ちゃって風邪ひいたりね。
 と言う立香に「それはいけませんね」と苦笑しつつ、やはり腰を上げる気にはなれない。マタ・ハリの方もよほど気に入ったらしく、すっかりとろけた顔で机に頬をつけた。
「はー……溶ける……」
 ぽつりとこぼされた声は彼女にしては珍しく心底甘い。いつもの鮮やかな衣装ではなく白いセーターを着ているのもあって、脳裏に今にも溶けだしそうな、雪うさぎの姿が思い浮かんだ。
「ぐっ……」
「マスター?」
「私のマルガレータがこんなにかわいい……」
「ああまたそれですか」
 突然胸を押さえて呻きだした少女に慌てて声をかけるが、続いた台詞になんだと息を吐く。彼らのマスターは基本誰にも公平で、特別に誰かに思慕や信頼を傾けるということはしなかったが、時折こうした発言をした。
「まあ、その言葉には同意します」
 未だ顔を覆ったまま震えている己のマスターを余所に、小さく苦笑したサンソンは籠に盛られたみかんを手に取る。これもまた、日本の風物詩らしい。肉厚な皮を剥くと、ころんとした可愛らしい果実が現れる。オレンジとはまた違った独特の酸味と甘さは好ましかったが、どうにもまわりの白い筋は食感が気に入らず、一粒一粒それを剥いでいく。
 と、漸く顔を上げた立香が、几帳面な顔で手を動かすサンソンにこてんと首を傾げた。
「……サンソンってさ、案外好みのタイプがわかりやすいよね」
「何のことですか」
「え〜そこはぐらかしちゃう?」
 不満げに口を尖らせて見せるも、サンソンの涼しげな顔は変わらない。この年頃の少女の好奇心がおそろしいことは、彼もよくわかっているからだ。
「マスターの気持ちも無理もない、それだけ魅力のあるひとだ、ということですよ」
「……なぁに、ほめごろし?」
 ほとんど微睡んだ様子でふたりの会話を聞いていたマタ・ハリがそこで漸く顔を上げると、頬杖をついてサンソンを見た。愛らしく首を傾げてねだるように開いた口に、小さく笑うとみかんの果実を押し当てる。
「本当のことを言ったまでだよ」
 艶やかな唇がほんの一瞬指先に触れて、果実を食む。こくり、と薄い喉を嚥下して満足げに笑った彼女は、そのままサンソンの手から一粒取ると、同じように立香の口元に差し出した。もぐもぐと動く少女の頬を、喉を鳴らしたマタ・ハリの細い指先が軽くつつく。
「彼の場合は誠実だけれど。英雄色を好むとも言うし、迂闊に信じてはダメよ」
「……はぁい」
「でも、あなたの推測は概ね当たってるわね」
「マタ・ハリ」
「ふふふ」
 やっぱり、という顔をするマスターに、咳払いを一つ。このままだと話はまずい方向に転がりそうだ、と思いつつやはり立ち去る気にはなれず、仕方なくサンソンは橙色の果実を黙々と口に運んだ。