談話室にて



「キスして?」
 ねえ、と投げかけられた声音に足を止めると、ソファに座っていたマタ・ハリは背後に立つサンソンを見上げて、そう言った。仰向いた顔の中行儀よく収まった双眸が瞬きもせず彼を見上げている。手の中のマグカップから淹れたばかりの珈琲がぐるぐると白い湯気を上げていて、芳しい香りが鼻を擽るのを感じながら、どうしたものかと首を傾げた。
 手持ち無沙汰に見上げるマタ・ハリの言葉はきっときまぐれで、後でと諌めたところで機嫌を損ねることもないだろう。いち早く勝ち逃げした彼女を余所に、カードゲームに興じていた英霊たちの冷やかし半分の視線も受けなくて済む。
 パチリと暖炉の中で炎がはぜて、それがサンソンの背中を押した。屈めた身が逆さまになったマタ・ハリの顔に影を落とす。軽く重ねた唇はひどく甘かった。
「……満足かい?」
 鼻筋が触れる距離で囁いた言葉に、太陽の瞳が流れる。悪くなかったわ、と嘯く果実を再度塞ぐ代わりに、やわらかな前髪をそっと撫でた。


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