タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2021/08/14


 にんまり。鴨がネギを背負ってきたと言わんばかりに嬉しそうに釣り上がった唇をぺろりと舐めて悪い笑顔を海の中の生き物に向けるサンジくんの横顔にどきどきと胸が高鳴る。私がその表情を真正面から受け止めることは絶対にない。だっていつも蝶よ花よと女の人を愛でるサンジくんの目はいつもとろけていて、やさしくて、我が子を見つめるかのような慈愛に満ちあふれている。だけど私はその甘ったるい視線も大好きで、真正面から見ることは絶対にないけれどたまに盗み見ることができるその表情も大好きで、ころころ表情が変わるサンジくんそのものが大好きで、うっとりとした息が漏れた。
 料理に誇りを持っている一流のコックさんはその時ばかりは視線が固定されて、私にその視線が向くことはない。流石に声を掛ければ魔法が解けたかのように一瞬でまた優しげな視線になって私を縫いとめるだろうけど、でも私はコックさんの邪魔をしたい訳じゃないからひっそりとそれを眺めるだけ。
 海中からドボンと大きな音を立てて海獣を釣り上げたルフィとウソップとチョッパーが大はしゃぎでまるでお使いを終わらせた子どものようにサンジくんにそれを引き渡した瞬間、慈愛の表情に一瞬切り替わるけどすぐにコックさんに戻って大きな包丁をくるりくるりと操る姿に目を奪われる。一心にその真摯な視線を受けて捌かれる海獣にほんの少しヤキモチを妬いてしまうほど、サンジくんの手際は美しくてまたうっとりしてしまう。
 本当に一瞬だったのか、一瞬にしか思えないほど全ての行程が美しすぎて目を奪われていただけなのかわからない間に宝石のように美しい刺身がお皿の上できらきらと太陽に輝いていてみんなの歓声があがる。ルフィがそれを見て我慢なんてできるはずもなく腕を長く伸ばしてひとつのお皿を奪ったのを開始の合図にしてみんながわらわらとその美しい刺身に駆け寄った。
 私はといえばうっとりしすぎて足がまるで動かなくて固まったままで、サンジくんが優雅に目の前まで歩いてきたのも気付かないほど余韻に浸ってしまっていてハッとする。レディの分はきちんと取り分けておきましたよ、と恭しくお辞儀をしながら手渡されたきらきらの宝石に慌ててお礼を言いながら受け取った。いただきますと自然に口にしてひとつ舌の上に乗せれば途端に溶けるような美味しい味に頬をとろけさせれば、サンジくんはまたメロメロと顔を崩してかわいいなあなんてでろでろに甘い声で呟いて、とてもさっきあんな挑発的な表情をしていたとは思えないほどの代わりように思わず笑った。

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 そんな昔のことを思い出す。あの悪い笑顔を真正面から受け止められるのはサンジくんの大好きな食材だけで、私たち人間がそれを向けられる日なんて一生来ないはずだった。だってアレが向けられるのはサンジくんが料理する食材だけ。私たち女の人相手にはとろとろに溶けた優しい目で、甘い言葉だけを紡ぐ口で、そんな目で見られることはないはずで。
 なのにどうして。今目の前にいるサンジくんは初めて見る食材を目の前にしたときのようなぎらぎらと燦爛と輝く瞳で、どう捌けば美味しくなるのかを算段しているのか楽しそうに唇を釣り上げて乾いたそれをぺろりと舐め上げている。どうして私を壁と腕の檻の中に閉じ込めているのかがわからなくて、まるで今から調理されるしかないまな板の上の鯉のように動けなくなってしまった。