タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2021/08/30


 銃を間近で突きつけられていつもは楽しげにきらきら輝く宝石が、涙に濡れていて怒りに体が燃え上がりそうになる。冷静にならなければ救えるものも救えねェ。頭ではわかっていても心はついていかなくて、だけど大事な人が人質に取られているから一歩も動けない。崖に追い詰めているのはおれ達のはずなのに、レディの命を片手間に弄ぶような行為におれ達の方が追い詰められてしまって何もできなくてどこからともなく歯軋りがした。
 この女の命が惜しけりゃ道を開けろと喚くうるさい男の声も、うるさいくらいの風の音も何もかもが、不意に聞こえなくなる。ふ、と思い浮かんだのはレディの真っ直ぐな眼差し。嫌なビジョンに息を詰めた瞬間、それが現実になる。
 とん、とレディが崖に追い詰められている男の横から一歩踏み出した先は、崖の向こう側。ナミさんの悲鳴が聞こえて、男の息を飲む音すら耳に入った。ふ、と重力に逆らえず崖の下に真っ逆さまに落ちていく姿に心臓がありえないほどうるさく動いて固まる。

「サンジ!」

 背後で聞こえたルフィの叫びにようやく体が動き出す。頭はまだついていかない。どうして。レディ。なんで。地面より宙を駆けて崖の下を見ればギュッと固く目を閉じて重力に逆らえずにいるレディが見えて、手を伸ばす。はやく、はやくはやくはやく、もっとはやく。重力よりも早く加速して手を限界まで伸ばして、あと数センチで地面と激突、のところで間一髪、レディの体を抱き締められた。ハッ、ハッ、と今までずっと息を止めていたのにも気付かず脳に酸素が回ってようやく思考がクリアになる。ぶわっと冷や汗が全身に沸いてるのにそれを気遣う余裕なんてなくてただ膝をついてひたすら腕の中にある失われなかったぬくもりをぎゅうと抱き締めた。

「ごめんね」

 胸に押し付けていたせいでレディの声がくぐもったけど、確かに聞き取れた。なんでレディが謝るんだ。驚いて、体と体の間に少しの隙間も開けたくなかったけど理由を聞きたくて抱きしめる力を緩めて顔を見下ろす。困ったように笑うレディに涙が出てきそうになるのを堪えてなにが、と震える声で尋ねた。

「怖がらせてごめんね」

 もう一度謝られて目を瞠る。怖がらせ、て? 怖かったのはレディだろ。人質に取られて、おれ達の枷にならないように、きっと怖くて仕方がなかっただろうに飛び降りて、そもそもレディを人質に取られるようなヘマをしたおれが悪い。

「私はサンジくんが助けてくれるってわかってたから怖くなかったけど、や、落ちるスピードが思いの外早くてちょっと目つぶっちゃったけど、でも、サンジくんなら絶対私に追いついてくれるって信じてたから。……それでも急にあんなことして、サンジくんは優しいからきっと傷付いたでしょ……? ごめんね」

 そっと、手が伸びてきてそのたおやかな指先がおれの頬を優しく撫でてくれて無意識に擦り寄ってしまう。おれのことを優しいだなんて言いながら、おれをそんな風に甘やかすレディの方が優しい。ルフィの声に発破をかけられなければ情けなくも恐怖で固まったままだったのにおれをまっすぐ信じてくれていたレディに胸がいっぱいになって、何も言葉を返せずまた強く抱きしめた。