タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
← →
2021/09/25
▼
ひっくひっくとしゃくりあげる水に濡れた音に心臓がざわつく。おれの耳が確かなら、この音は、声は、この船に三人いるうちの女の一人で。その音が確実に一歩ずつ、近付いてきている。……近付いてきている? こんな足元もおぼつかないような暗い真夜中にこの高い展望台へ? 慌てて立ち上がってももう遅く、ひょこりと梯子から顔を覗かせた想像以上に涙に濡れた顔にぎくりと口元が引き攣った気がした。とりあえず、あぶねェ、と今更遅くとも手を引いて床に足をしっかりとつけさせる。片手でひょいと持ち上がる軽い女は呻きながらまた喉を鳴らして視線が泳ぐ。
「おい、どうした」
ひっくひっくとなおも泣き続ける姿にとうとうありきたりすぎる言葉が口からこぼれ落ちる。仕方ねェだろ。おれは元来口がうまい方じゃねェし、気の利いた言葉なんか出てくるわけがない。お前だってそれをわかっていてそんなに泣きじゃくっているくせにあの梯子を登って今日の不寝番がおれだと知っていてわざわざ会いに来たんだろ。喉はひたすらしゃくりあげることでしか働く気はないらしく、とすんと全身をぶつけるように抱きついてきてぎしりと体が強張った。
「何があったんだよ」
この穏やかな船の中で。腕の中で泣いているこいつよりよっぽど情けない声が出た気がして誤魔化すようにおれからも抱きしめることにした。あぐらをかいて膝の上に抱えるようにして座らせ赤ん坊をあやすように背中を撫でる。それでも変わらず涙が引く気配を見せない。顔を覗き込めばいつもは飴玉のようにつるんと光る目玉が真っ赤に染まっていて思わず手が出た。ぼろぼろ零れ落ちる雫をその肌から拭おうと思ったのに、豆やらたこやらでごつごつと荒れた指は優しく拭うどころかその柔肌を撫でただけで若干傷付けたのか余計に皮膚を赤くさせてしまって固まる。撫でただけだ。それなのに。
「悪ィ」
慰めようと慣れないことをしたのが本末転倒だった。顔から指を退けて、また背中を撫でさするだけにとどめる。これだって布越しとはいえおれの無骨な肌触りがこの柔肌を傷付けはしないかとさっきよりは控えめな動きにした。
「……ここにいるからよ、好きなだけ泣けばいい」
おれにはそれしかできねェからよ、と胸の中で情けなく付け足して涙にしゃくりあげる度に跳ね上がる背中をあやすことに専念した。
← →