タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2021/11/12


「び、んすもーく、」
「……ヴィ」

 おれの手配書の文字列をたおやかな指先でなぞりながら読むレディに複雑な気持ちが如実に現れた声で発音を訂正する。東の海と北の海じゃ発音の仕方がほんの少し違うのかどこか子どものような不安定な音になるレディの声は可愛いけれど、紡がれている単語が問題だ。おれにとってお母さんはあの人ただ一人だし、父親もあんなクソ野郎ではなく赫足のゼフだからその単語はもう二度と使う予定はない。だから使う予定のないものを練習する必要なんてないのに、レディの「ちゃんと発音できるようになりたい」という頼みを断れないままに講習会を開いている。レディはこんな複雑な心境なおれに気付かないほど、おれにとって繋がりを断ちたい単語を習得するために必死で。

「び」
「ヴィ」
「うぃ」
「ヴィ」
「ゔぃ」
「お」

 無心でレディの愛らしい発音を訂正し続けていれば不意に音が近付いて、紡がれている単語のことも一瞬忘れて喜色ばんだ声が出てしまった。おれのその反応に気を良くしたのか、こく、と一度頷いてずっと指で辿っていた手配書から手を離して顔もあげて、深呼吸するレディ。

「びぃんすもーく」

 目を合わせて、どうだ、と言わんばかりに得意げな表情で紡がれた音は僅かに惜しくて思わず頬が緩んでしまう。ムカつく単語でしかないけど、レディの声帯を通せば少しだけ、……いや、うん、ムカつく単語はムカつく単語でしかない。愛らしいのはレディだけだ。

「言えた?」

 う、うーん、と思わず漏れてしまった正直な声にレディが肩を落としてしまう。

「そもそもこんなの言えるようにならなくていいし」

 慌ててフォローして、すきあらばこの講習を中止させようとレディの手が離れた手配書を今のうちにと手元に寄せる。悔しそうに、ゔぃ、び、と繰り返すレディはおれがそれを取り上げたことに気付いていなくてほっとした。

「でも」

 言えないことがよほど悔しいのか講習会を終わらせてはくれなさそうな雰囲気に苦い笑いが出そうになるのを堪える。レディとマンツーマンのレッスンができるのはすごく嬉しいけど、できればこの講習は今すぐやめたい。

「でもサンジくんと結婚したらびぃんすもーくになるのに自分の名前言えないのは困るでしょ?」

 あまりの衝撃にべり、と手の中にあった手配書が破れる音がした。