タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2021/12/17


 ────怒られる理由と証拠がねェ。
 そう言って海へ食器を投げ捨てるあなたのことをよく盗み見ていた。チビナス、副料理長、サンジ、色々と呼ばれていたから最初はどれが名前だかわからなかった。綺麗な食器とカトラリーがどんどん積み重なって、彼の優しさが底抜けだということを知る。これを集めたって彼の不利益にしかならない。だってこれは証拠だ。だけどそれでも、ぽちゃん、と音がするたびにするりと泳いで手元に引き寄せてしまう。彼の優しさに触れられる気がして。そんな馬鹿みたいな考えでまた海の中を漂うお皿とスプーンを捕まえる。どんどんどんどん増えたそれは、重ね続けてひとつの柱にすれば海上に出てしまいそうなほど。そんなことをして不思議がられて海の中を覗き込まれでもしたら困るからしないけれど。人魚の私は珍しく売り飛ばされてしまうのを知っている。もしくは、お魚として食べられてしまうかも。どっちの方がマシだろうかと考えて、彼に捌かれるならそっちの方が良いかもだなんて考えて笑った。

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 ぼちゃん。
 いつもより大きな音が聞こえて人間たちが次々と海に落ちてくる。これまでも店先でおいたをしたらしい人間が彼に蹴り飛ばされて海に落ちてくることはあったけれど、どうやらそうじゃないみたい。人間たちに見つからないように海深くから上を眺めても何が起きているのかは全くわからなかった。物騒な音がたくさん聞こえて、彼は大丈夫だろうかとはらはらする。それでも私が海の上へ上がれるのは人目につきにくい静かな時間帯だけで、こんなに人間がたくさんいて騒がしい今は様子を見に行けない。
 ぼちゃん。
 お皿が落ちる音より大きな音が聞こえてまた人間が落ちてきたのだとわかる。黒髪の、どこか幼い男の子。ぼろぼろで、何故か網に引っかかっている。あれじゃあ泳げない。人間に見つかってしまえば売り飛ばされるか捌かれるか、頭ではわかっているくせに尾鰭が勝手に動いて男の子の元へと一目散に泳いだ。気絶しているらしい男の子の網をどうにか引っ張ろうとしてもなぜか硬くて引きちぎれない。私の指の方が引きちぎれてしまいそうな硬さに網をどうこうすることは諦めてとりあえず男の子を海の上へ引っ張り上げることに意識を変える。幼い男の子に見えても気絶した人間ひとりの重さと網の重さが想像以上に厄介で、これ以上沈まないようにするだけで精一杯だった。とにかくせめて起きてほしいとぺちぺち体を叩きながら下から上へと押し上げる。
 ぼちゃん。
 また大きな音がして、顔を上げる。ぱち、と目が合って、私も、彼も、固まった。金色の髪の毛を海に揺らして黒い足を上手に扱って綺麗に早く泳ぐ姿はまるで人魚のようで力が抜けた。かくん、と男の子を支えていた腕がかくついてほんの少し海に沈む。彼に男の子を引き渡そうと慌てて気を引き締める暇もなかった。人魚のように素早い彼はもう私のすぐそばにいて、男の子が絡まっている網をギュッと掴んだかと思えばぐんっと力強く引っ張って上へ上へと上昇していく。その力強さに驚いて手を離してしまったけれど、それでいい。ぽつんと取り残された私に気付いた彼が少し離れた場所から私を見下ろして驚いていたけど、ぽこ、と男の子が一欠片の空気を吐き出したのを見て慌ててまた浮上する。ふたりの体が見えなくなって、そして私はいつもの隠れ家へ。

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 ぽちゃん。
 しばらくして落ち着いたのか静かな海にまたお皿の落とされる音。また彼が優しさを発揮したんだなと思わず笑う。するりと隠れ家から抜け出る。あの網に絡まっていた男の子にでもご飯をあげたんだろうか。また、証拠がない、だなんて言って。くすくす笑いながら、お皿を捕まえて、首をかしげた。スプーンがいつまで経っても落ちてこない。手の中にあるお皿を見下ろしてまた首を傾げる。今日は、犬か猫にでもミルクをあげたんだろうか。だからスプーンは使わなかった、? そう考えた瞬間、ぼちゃん、と大きな音と水飛沫と空気の泡が海中に広がる。今度は何が落ちてきたの。驚いて向けた視線の先に、金色が揺れる。ぱちん、と目が合って私が尾鰭を動かすより前に、人魚の私より素早い動きでお皿を持つ私の手首をギュッと掴まれて息を呑む。ぐんっと引っ張られて急浮上。驚いて固まったままの私はされるがままに引っ張られて、急に視界に入った太陽の眩しさに目を細める。太陽に、濡れた金色がぴかぴか光ってとても眩しい。

「手荒いことしてごめん」

 はじめて私自身に語りかけられる音。

「礼を……したくて」

 はにかむ姿に瞬く。

「雑用を、……網に絡まってたやつを助けようとしてくれてありがとう」

 あまり助けられたような気がしないのにお礼を言われてもむず痒くて思わず俯けば掴まれた手首が視界に入って目を逸らす。どうしよう。彼は優しい人だから、売り飛ばしたりはしないだろうけど、だけど、人間とどう話せば良いのかがわからない。

「……それと、いつも証拠を隠してくれてありがとう」

 驚いて顔を跳ね上げる。知ってたの、驚きに声がひっくり返ってしまって音にならなかった。