タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2021/06/07


「おかえりなさい、お疲れ様です」

 只今帰りました、と返せば嬉しそうににっこり返される。数少ない良心の事務員の女性。この世界にいるくせにいつも笑顔を絶やさず、誰にでも優しく、平等に接する人。いつからそれだけでは足りなくなってしまったのか。だって個人的な会話など、したことがない。私はお喋り上手でもないし、彼女だって仕事の相手だから優しくしてくれているだけで公私をきっちり分けていて、最初はそれが心地良くて印象に残ったくせに今ではそれが寂しいだなんてわがままを胸の中で募らせる。
 報告書を出して、不備がないか確認してもらっている間だけが、彼女を見ていられる唯一の時間で。真剣に書類を読み込んでいる顔を眺めたり、たまに変わる髪型を眺めたり、つむじを見たり、気付かれていないからとそれこそ舐めるように見ていて申し訳なく思う。思うだけで、見るだけなのだから許されたいと傲慢なことを考えて、書類から顔を上げた彼女のオッケーですとの言葉に頭を下げた。

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 いっそ、話しかけてしまおうか。だけれど私達の関係はただの事務員と呪術師で、あまりに馴れ馴れしい態度をとってしまえばあの「おかえりなさい」「ただいま」のやりとりすらできなくなってしまうんじゃないだろうか。それは、嫌だ。想像しただけで涙が出てしまいそうで、ただの恋愛沙汰にこんなに振り回されることになるだなんて思いもしなくて鼻で笑う。

「あれ、七海さん」

 ぴく、と表情筋が固まった。けれどもとより表情のかたい私の違和感は気付かれなかったようで、2時間程前に書類を渡して別れたはずの彼女が軽く会釈をして微笑みながら出口に立っていた。反射的に会釈を返して、口を開く。何を言えば。

「七海さんも今お帰りですか?」

 奇遇ですね、と笑う姿が、初めて見る屈託のない笑顔でぎゅうぎゅうと心臓が締め付けられる。はじめての、プライベートの笑顔。ドツボにハマっていくのがわかって、意を決する。

「時間があるなら、夕食、ご一緒しませんか。いつもお世話になっているので」

 恋の駆け引きなどわからないせいで、急激に詰めてしまった距離感に舌打ちしそうになる。もっと手順があっただろう。くそ。こんな時だけは五条さんの良く回る口が羨ましくなる。冗談にもできない空気に、すみません、と謝ろうとした瞬間、七海さんがお疲れでないのならぜひ、と愛らしい笑顔で応えてくれてすわ幻聴かと固まってしまいそうになった。

「七海さんとお話ししてみたかったんです」

 頬を染める姿に、期待をしても良いのかと心が弾んだ。