タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2022/06/17


「好きだよ」「愛してる」「かわいい」「きれいだ」

 サンジくんの口から溢れる愛の言葉を宿屋の二階でそっと隠れながら聞く。サンジくんを知らなければ軽く聞こえるその言葉の数々は全てが重たくて本気の言葉。だけど結局、初対面の人には軽く聞こえるせいで逃げられて、こうしてサンジくんのことをよく知っている人には受け止めるには重たすぎて逃げられる。どっちにしろ逃げられるサンジくんは今日もまた知らない女の人に軽く聞こえるという理由で逃げられて地面に這いつくばって泣いていて頬が緩んだ。今回の島もナンパは大失敗に終わったらしく、とぼとぼと歩き出したサンジくんの綺麗な金色が夕日でほんの少し赤く染まっている。

「すきだよ」

 ひとりぼっちのサンジくんの後ろ姿があまりにかわいくて、愛しくて、思わず音に出してみて後悔した。なんて軽く聴こえてしまうんだろう。サンジくんのあの、動けなくなるくらいに重たくて、なのに全身を包み込んでくる優しい音とは大違い。この世に生きる全女性に対して甘く重い言葉を紡げるサンジくんと違って、サンジくんに対してしか使わない愛の言葉なのにふわふわ漂って消える軽さに笑って口を閉じる。天秤が全く釣り合わない。あんなに重たい言葉を操る人に、こんな軽い言葉なんてとてもプレゼントできない。何が足りないんだろう。出会ってから毎日育ててあたためてこねくり回して煮込んでいるのに、いつまで経っても一向にサンジくんの重みに届かない。それどころかサンジくんの愛の言葉はもっともっと重くなってどんどん距離を離されている気がする。とどまるところを知らないサンジくんの愛情に、そういうところが好きなのだけど困ってしまう。

「すき」

 もう一度呟いて、やっぱりその軽さに思わず笑ってしまう。こんなに好きなのに。本当に、本当に大好きなのに。サンジくんの言葉の重みに同じ重さを返せる日が全く想像がつかない。遠すぎる未来にため息をついてサンジくんを見守るために開けっ放しだった窓をいい加減閉めようと立ち上がる。窓に手をかけて、あれ、と言葉が漏れた。とぼとぼ歩いていたはずのサンジくんが視界から消えている。どこに行っちゃったんだろう、と視線を動かした瞬間、目の前に黒い塊が飛んできて驚きに目を見開く。

「誰に言ったの」
「え」

 長くて黒い足が窓の下枠にかけられて、今にも部屋に乗り込んできそうなのはサンジくんで驚く。

「部屋の中に誰がいるの」
「な、なに、」
「おれが喉から手が出るほど欲しいレディの愛の言葉をもらえたのは、どこのクソ野郎?」

 いつも優しいサンジくんが剣呑な表情を浮かべたまま私を見下ろして、私の後ろに視線を向けた。私しかいない部屋にサンジくんの固かった表情が不思議そうに解ける。

「……誰も、いねェ……? ……でも、でもレディ、今さっき、すき、って、れ、レディの声だった」

 誰も、いねェ、ともう一度繰り返して混乱しきるサンジくんにじわじわと頬が熱くなるのがわかる。だって、サンジくんと違ってあんなにも軽い言葉なのに。聞こえるはずがない距離で掴み取っただけじゃなく、いつも紳士然としたサンジくんが窓枠に足を引っ掛けてレディの部屋に押し入ろうとするほど必死に探してくれている。必死に育てているつもりなのにからっぽで軽かった言葉だったのに、サンジくんが大事にしてくれただけでずっしりと重たくなって誇れる宝物になった気がする。

「誰に言ったの、ねえ、」

 誰もいるはずもない私の背後をそれでも探して涙に震える声で何度も尋ねるサンジくん。今なら。今なら、大丈夫な気がする。ぱちん、と涙に濡れた瞳と目があって、ぽろりとこぼれた愛の言葉はさっきまでと違って重たくてどろどろに甘い音だった。