タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2022/07/01
ゾロ
今はまだ見えなくても・身体の内側から冒される・猫のように丸い背中


「ゾロ、」

 こつこつと近付いてくる足音に気付いていた。気付いていて、寝たフリを決め込んだ。ゾロ、と起こす気がなさそうな音の大きさで名前を呼ばれて、無視を決め込む。敵意を感じられないそんな音で起きると思ってるなら馬鹿だ。ただ、目を開ければ会話をしなければいけないから寝たフリを決め込むおれの方がもっと馬鹿だ。だっていつもお前はおれと話すと困った顔をする。おれが面白味のない男だから。クソエロコックのようになんにでも相槌を打ち女を無駄に褒めそやし煽てて気分を良くさせることもできないし、ウソップのように打てば響くようにテンポよく面白い話をすることもできないし、チョッパーのようにいるだけで揉みくちゃにされるような可愛さもない。別に可愛さは欲しくもねェけど。
 ゾロ、とまた小さな声でおれを呼ぶ女は懲りずに何度もおれに話しかけてくる。その度に大人しく聞くということができずに空気を読まない発言をしたおれに悲しむ顔を見せたり、変な間が生まれて空気が重くなって会話が途切れたり、とにかく価値観や何もかもが合わないのか二人きりで五分以上会話がもったことなんて一度もない。
 ゾロ、と呼ぶ声が緊張して震えているのがわかる。お前だっておれとお前の見事なまでの噛み合わなさに気付いていて、いつからかおれに声をかける前はまるで敵陣に一人で乗り込むかのような気合を入れている。よし、と自分を奮い立たせてまでおれに話しかけにくるのはおれを憐れな気持ちにさせる。おれ以外になら簡単に浮かべる笑顔を、おれは真正面から見たことがない。見たことがあるのは困った表情と悲しげな表情、よくて、緊張に強張った愛想笑い。そんな顔を見たくはなかった。そんな表情をおれのせいで作らせたくはなかった。だから無視を決め込むことにした。のに。

「……なんで返事してくれないの?」

 びく、と体が硬直した。バレている。

「ゾロは、私が嫌い?」

 そんな訳がない。嫌いなら、お前が悲しもうが困ろうがどうだっていい。お前がおれを嫌っていないこともわかってる。嫌っていないから、自分を奮い立たせてまで何度だって諦めず接しようとして、そして、噛み合わずに悲しそうな表情を浮かべる。それが嫌だった。今は嫌われていない。今は、だ。でも、いつかきっと嫌気がさす。真正面から笑顔を見たかった。悲しませるのも、困らせることもしたくなかった。でもそれ以上に、見切りをつけられるのが怖くなった。よし、と自分を奮い立たせてまで話しかけてきたのに、いつか、いつの日か、諦められることが怖かった。お前が声をかけてくれなくなる日が怖かった。だから、情けないおれはそれを自分で断ち切ることにした。お前に諦められるのが嫌だから、おれから手放した。

「ゾロ」

 声が震えてる。さすがに泣かれるのは初めてだ。おれが情けないせいで泣かせた。

「ゾロが私のことを嫌いなら、そう言って。そうしたらもう、話しかけないから」

 自分から手放そうとしたくせに、いざ直接的なことを言われれば胸が痛む。嫌いだ、と一言言えば不確かな未来に怯えることはない。だけどその一言が言えたら苦労はしなかった。嫌いじゃないからこんなにも振り回されている。訳もわからず無視されてるこいつの方が理不尽に振り回されているのはわかっている。わかっていてもどうしようもないからこんな手段に出るしかなかった弱虫だ。

「嫌われてないなら、ずっと、……ずっと諦めないよ。ゾロと仲良くなりたい。ゾロと笑い合いたい。……私のことが本当に鬱陶しくて、嫌いで、突き放したいなら今が最後のチャンスだよ。今、嫌いだって言わないなら、これから先も勝手にずっと、ずーっと、話しかけ続けるから」

 ゾロ、とまた名前を呼ばれた。言われた言葉に動揺する。閉じていた瞼越しに影がかかって顔を見下ろされながらまた、諦めないよ、と言われた。言葉通り、おれが何かを返すまで待つ姿勢を感じて唇を引き締める。

「返事して、ゾロ」

 嫌いだ、なんて、言える訳がない。

「ゾロに嫌いだって言われるまでは諦めない」

 そんなの、口じゃなんとでも言える。

「やくそく、」
「……、ッ」

 次から次へと耳に流し込まれる言葉に釣られて引き締めた口が緩んだ瞬間、案の定変な間ができた。噛み合わない。

「……約束、できんのか」
「諦めない。ゾロが私のこと嫌いにならない限り、諦めないよ」
「ぜってェ?」
「絶対」
「……約束、していいのか。一生、噛み合わねェかもしんねェんだぞ」
「……、」

 また変な間。一生こんなのが続くなんてお前も嫌だろ。嫌気がさしたのに約束に縛られるのはこいつも可哀想だ。今ならまだ傷は浅いはずで、……大きく袈裟のようについた胸の傷と同じくらい痛むけど、これ以上の痛みなんて後にも先にももう作りたくない。

「出来もしねェ約束なんか、しなくていい」

 嫌いだ、なんて言えなくても、これで終わったはずだった。なのに顔に被さった影はどく様子を見せないし、それどころかずっと緊張に沈んでいた空気が柔らかく跳ねた気がして眉を顰める。

「一生、諦めなくていいのね?」
「は、?」
「ゾロは私のこと、一生嫌いにならないってこと?」

 柔んだ空気に軽やかに嬉しそうな声が聞こえて、ずっと頑なに閉じていた目を開いてしまった。だって、そんな嬉しそうな声を真正面から聞いたことがなかった。なのに遠くから聞いていた弾んだ声が間近で聞こえた。

「私、ゾロが好きだよ。だから一生諦めない。約束ね」

 初めて見た真正面からの笑顔は逆さまだったけど、確かにいつも羨んで見ていた笑顔。なのにおれはまた何も言えずに変な間ができたのに、気まずい空気は流れ落ちずに目の前の笑顔が翳ることもなかった。