タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
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2023/01/25 鼓膜を擽る大好きな声・全てを忘れさせてください・無邪気時々悪魔
サンジくん
※家族愛
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「フラれた〜!」
「ウチのかわいいかわいいプリンセスを袖にするなんてオロシてやる!!」
「びゃっ! 待って待って待って!!」
私がキッチンのドアを開けて入った時にはサンジくんはカウンターの中にいたはずなのにいつの間にか私を追い越して、文字通り外へ飛んでいってしまいそうになるのを慌てて引き止めた。サンジくんの腰に抱きついた瞬間ふわっと両足が浮いて思わずぎゅっと硬く目を閉じてしまったけど、息を呑む前にまた両足が甲板にくっついてほっとする。よかった、思いとどまってくれて。硬く閉じた目を開いて落ち着いたであろうサンジくんを見上げて瞬く。
「そうだったそうだった。まだどこのどいつか名前を聞いてなかったぜ。ウチのかわいくてやさしいプリンセスを傷付けたクソ野郎のお名前は?」
おれとしたことがうっかりしてた、と甘く優しい声で言われた言葉は、だけどめらめらと怒りの炎が燃え上がったままで全く落ち着いてなんかいなかった。驚いて言葉が何も思い浮かばないせいでぱくぱくと金魚みたいに口を開閉することしかできない。そんな私を見て、ああ、なんにも言えねェほど傷付いちまったなんて、とまた甘く蕩けて優しい声が私を労って髪を撫でてくれるから余計に言葉が出なくなる。数分前まで確かに私の心をちくちく刺していた失恋の痛みなんてもうすっかり思い出せなくなっていて、この世のどんなケーキよりも甘ったるい声に浸されて意識が沈んでしまいそうになる。だけど沈んでしまったら、私が名前を言わずとも目の前のこの優しい男の人はどんな手を使ってでも渦中の相手を見つけ出し、数分前まで大好きだったあの人をこの世から跡形もなく消し去ってしまっていそうでどうにかこうにか意識を繋ぐ。
「こんなにかわいくて素敵なレディなのになんでフラれるんだ、……ああ、目ェ腐ってんだな、オロすのは確定だけどチョッパーに診せるか」
何を言えばいいのかわからなくて戸惑う間もサンジくんの優しい手が私の髪の毛を何度も何度も梳いて整えてくれるからその心地良さにまたうっかり意識を飛ばしそうになる。意識を飛ばしちゃダメ。飛ばした瞬間、この世からひとつ、命が消えてしまう。
「どこのどいつだくそ、」
私に語りかける時の声と違って怨嗟に塗れた声に意識を取り戻して喉から声を絞り出す。
「あの、」
「ん?」
必死に絞り出したのに、甘く優しい声に続きを促されてまた喉がきゅっと締め付けられそうになってぶんぶん首を振った。せっかく優しく撫で付けてもらった髪が乱れてしまったけど仕方ない。
「あの、ね、仕方ないの」
「何も仕方なくなんかねェ、ウチのプリンセスをフるだなんて目ん玉が腐っ、」
「違うの、その人の横にはもう素敵なプリンセスがいたの」
「……、」
この世の女の人全てに甘いサンジくんが何も言えなくなって、とりあえずほっとする。私をフっただけなら目が腐ってると貶し続けられるし、私が何も言わなくても居場所を突き止めてチンピラの如く詰め寄るだけの簡単な話だったけど、その人の隣に既に女の人がいるならサンジくんは雁字搦めになって何もできなくなる。その人が選んだ隣の女の人を貶すことになるから目が腐ってるという言葉を言えなくなったし、居場所を突き止めて何かしようにもその人が傷付くことによって泣く女の人の存在があるだけで手も足も出なくなった。んぎゅ、と蛙が踏み潰されたような声を喉から出して固まったサンジくんに小さく笑う。最初は驚いて慌てふためくだけだったけど私に対しても、誰に対しても寄り添い感情を露わにしてくれるサンジくんが愛しくてじわじわと胸が温まっていく。失恋の痛みなんてサンジくんが怒り狂った時点でとっくに消えていた。今は仲間の優しさと愛情に包まれて幸せでこんな気持ちになれるなら何度フラれたっていいとさえ思えてしまう。
「フラれて悲しかったからね、サンジくんに会いに来たの」
雁字搦めになってどうしようもなくなっていたサンジくんが私の言葉に不思議そうに首を傾げる。もう引き止めなくても大丈夫だと判断して引っ掴んでいたサンジくんを離した。
「サンジくんのおいしいデザート食べてサンジくんに話を聞いてもらって、めいっぱい甘やかしてもらおうかなって思って来たのにすっ飛んでいっちゃうから」
びっくりしちゃった、と笑えば照れくさそうにはにかんだ笑顔に私も頬を緩めた。もうとっくに目一杯甘やかしてもらって失恋の痛みなんて吹っ飛んでしまったけど、それはそっと胸の中に隠しておく。だってもっといっぱい甘やかしてほしい。痛みなんてもう感じてないけど、フラれたのは本当だから。
「よし、じゃあ今からレディにとっておきのスーパースペシャルメロリンデザートを作るぜ!」
すっかり気持ちを切り替えてくれたサンジくんが私の乱れた髪をまた優しく撫でて整えてからキッチンへと足を向けて、私もひよこのように後を追いかけた。
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