タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/03/30 ロー
これだけじゃ足りないのです・人肌を求めて・もう二度と伝えることは出来ない


「いや」

 つん、とそっぽをむくだけじゃなく、おれの胸に両腕を突っ張って体を遠ざけた上に言葉でもキスを拒否された。瞬間、胴体と下半身を切り離したおれは悪くない。地面に胴体が落っこちてしまわないように抱き寄せ、もう一度唇を奪おうとしたのにそれでも尚いやいやと両腕はぴんと伸びたままで愕然とする。今日一日、そっと頭を傾けて唇を奪おうとした度に避けられたのは気のせいだと思っていたのに。タイミングがズレただけなんだなと思い込もうとしてたのに。

「んぐぐぐ」
「……別れるつもりか」

 下半身が切り離されたことに文句も言わず、とにかく両腕を突っ張ってキスを拒否する姿に低い唸り声のような音が漏れる。ぶん、と音を立てて今度は両腕を切り落とす。これでもう逃げられまいと思ったのにイヤイヤと首を振って出来得る限りおれから距離を取ろうとするから心臓が止まったかのような感覚に陥った。そんなに、嫌なのか。昨日までは普通だったじゃねェか。何度キスしたってころころ笑って、お前からも求めてくれて。なのにたった数時間で何が変わったんだ。何が駄目になったんだ。何がお前の心を変えたんだ。ぱこん、と心臓を取り出してみても、何もわからない。いつもと同じようにとくとくと動くのは、おれにどきどきしてるからか、それともおれが怖いからか、心臓の動きを見たって何もわからない。わからないのはわかっていたのに繰り抜いた。逃げられないように足も、手も、心臓も切り取ったのに、それでも必死に唇を守ろうとする姿に心臓を貫かれたような痛みを感じる。

「おれのことが嫌いになったのか」

 なあ、と追い縋る姿は酷くみっともない。わかっていても、縋らずにはいられなかった。お前を失ったらどうすればいい。お前の体はこうやって閉じ込めていくらだって保管して置ける。でもお前の心は。お前の心は、おれの能力じゃ捕まえておけない。するりと簡単にこぼれ落ちていく。どうすれば、どうしたら。

「誰か別のやつのことを好きになったのか」
「んぐぐ、え、……なんの話してるの?」

 首の可動域を考えずに無理矢理顔を逸らしていたのに、何か気になることでもあったのかまっすぐ目が合う。不思議そうに瞬く目が、追い求める唇がこちらを向いて、言葉なんて出て来ずまた顔を近付けた瞬間また嫌そうに顔を背けて逃げられ心が冷える。どうして。

「キスすらしたくないほど、おれのことが嫌いになったのか。……なあ、なら、……我慢するから、お前が嫌なことはしねェと約束するから、だから、別れてくれるな」

 逃げる足を奪って、突っぱねる手も奪って、心臓さえも抜き取って、何を我慢してるんだと詰められてしまえばおれもわからない。今も隙あらばキスをしようと顔を近付けては背けられてるのに。こんなにもキスを嫌がられてるのに、それでもなお奪い続けようとしてるおれが何を言ったって説得力のかけらもない。でもだって、お前が悪い。昨日はあんなにも受け入れてくれてたじゃねェか。一日で、数時間でころりと態度を変えられても納得なんてできない。口では縋って殊勝な物言いをしてるくせに、尚もキスを迫るおれは滑稽なんだろう。頭では分かってるのに体がついていけない。

「ん〜……! だから、なんの話、キス、は、い、やだって、ば!」

 おれの唇がようやくその柔らかな唇の端を掠め取ってほんの少し満足したのも束の間、鋭い言葉がおれの心臓を容赦なく突き刺して吐きそうになる。

「……なあ、頼むから、別れないでくれ」
「なんのはなし、ねえ、別れないってば、ちょっ、だから、」

 口では別れないとは言ってくれているが、とてもそうとは思えない。だってキスをさせてくれない。足を、手を、心臓を奪われているからとりあえず頷いているだけかもしれない。

「……じゃあなんでキス、嫌がるんだ」

 それでも別れないと言う言質は取れたから、次の質問を投げ付ける。キスの攻防は変わらず拮抗している。

「今日持ってくるの忘れたの」
「なんの話だ、どうしてキスを避けるのかを聞いてる」

 んぎぎ、と相変わらず一生懸命顔を背けながら告げられた関係のない言葉に苛立って眉を顰めて舌も打つ。とても追い縋っている側の態度ではない。でも、誤魔化されるような態度を取られるのは腹が立ったから。

「化粧ポーチ! 持ってくるの忘れたの!」
「あ?」

 なのに関係ない話題を続ける姿に低い声が飛び出る。いっそのこと首を刎ねてしまおうか。そうすれば両手で頬を固定して、首を背けられることもない。誤魔化すばかりの女に、そうだ、そうしよう、と思い至る。ぶん、と青い膜を張った瞬間、望んでいる唇がまた動いたからそれだけ聞こうと首を刎ねるのを待った。

「リップ取れちゃうからだめ」
「……はあ?」
「今日のはティントじゃないの、ちゅーしたらすぐ取れちゃう」
「は?」
「せっかく可愛くしてきたのに、ポーチ忘れてきちゃって塗り直せないからだめ」

 意味がわからない言葉を延々と続けられる。化粧ポーチ。リップ。ティント。

「……おれのことが嫌いになったわけじゃないな?」
「うん」
「おれと別れる気はないだろうな」
「? うん、」
「この馬鹿、くそ、紛らわしい真似しやがって」

 何を言ってるか、全部を理解できたわけじゃない。それでもこの腕に抱いた女がおれを嫌いになったわけでも、別れる気があるわけでもないことに安堵して青い膜を解いた。繰り抜いた心臓を埋め込んで、両手をくっつけて、最後に下半身に胴体を乗せる。両手がまたおれの胸を押して突っぱねようとするのを思い出す前にぴったりと隙間なく密着させて肩に額を擦り付けため息をついた。本当に、意味のわからないことで振り回しやがって。

「それ、取ってきたらキスしていいのか」
「?」
「化粧ポーチ」
「うん、」
「どこに忘れてきたんだ、お前の部屋か? それともおれの部屋か?」
「ローのとこの洗面台……」
「わかった」

 首を刎ねるためじゃなく、ただ忘れ物を取りに行くためだけにぶん、と青い膜を張るのは間抜けだが、おれにとっては一大事だから仕方がない。