タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/04/07 ゾロ
奥深くまで侵食されたい・二人で辿り着いた未来・不埒な手の行きつく先
⚠️あはんな雰囲気


「終電なくなったんなら、うち、来るか? 狭ェし散らかってっけど」

 こともな気に言われた言葉に一瞬身構えて、すぐに虚しくなった。ふあ、と眠たそうに首をさすりながら私を見ずに投げられた言葉は下心が微塵もないことがわかって虚しいを通り越して笑えてくる。どんな美女と一夜を過ごしても何もしないゾロはたぶん、性欲が全て剣道に対する情熱に変換されている。ゾロの性欲が私だけに働かないならそりゃあ悲しくなる。だけどゾロは、今ここに立ってるのが私じゃなくてどんな女の子でも親切心からきっと家へ誘う。ゾロはそういう男。わかってたのに、期待に身構えてしまった私が馬鹿。それでも、ゾロに一切そういう気持ちがないとわかっていても、少しでも長くゾロと一緒にいたいという気持ちだけで、一瞬思い浮かんだタクシーの存在を頭から消して頷く。

「虫、出ない?」
「そこまで汚くしてねェよ」
「じゃあ行く」

 ん、と頷かれて、やっぱり色も何もないその返事に思わず笑った。

「家はさすがに迷わないの?」
「は? 迷ったことねェ」

 なんて、そんな会話をしたのに見覚えのある景色を何度か繰り返す。迷ってるなあ、なんて思いつつもゾロには自覚がないし、私は家に着いたらすぐにでも寝てしまいそうなほど何度もあくびをしているゾロと少しでも長く散歩してぽつぽつ話していられるからと黙ってただついていく。まあ指摘したところで家の場所知らないからどうしようもないし、ゾロは迷うけど最終的には目的地に着くからそこまで心配はしない。

「あ、コンビニ。寄る?」
「家にある」

 同じような場所を三周してからはじめて見つけたコンビニに思わずはしゃぐ。なんだか探検みたいで楽しくなってきた。指差して示した私に面倒そうに首を振るから大人しく手を下ろした。まだ飲み足りないだろうなと思ったのに、さすが酒豪だからか家にストックを置いてるぬかりなさに用意周到さに笑う。だけどお酒だけあっても体を悪くしてしまう。

「おつまみもあるの? お酒ばっかり飲んじゃだめだよ」
「…………あー、お前が飲めるような酒はねェ。買うか」
「私はもういいよ」
「……じゃあ寄らなくていいだろ」
「おつまみは?」
「なんかしらある」

 ほんとに?なんて笑って肩にぶつかる。全然びくともしないゾロが嘘は言ってねェなんて気不味そうに言うから面白い。ゾロの強靭な内臓がアルコールに潰されるわけがないとはわかっていても心配するに越したことはないから。まあたぶん、なにかしらあるんでしょう、とゾロの言葉を復唱してまた冒険のような迷子を楽しむ。

「ゾロの家、どこ?」
「着いた、あれ」

 だけどとうとうゾロのあくびが最高潮になってきたから可哀想に思って尋ねた瞬間、さっきの私のように宙を指さしたからその指を追って瞬いた。迷子の終わりは唐突で驚く。あといつもこんな感じに辿り着いてるんだなぁと笑ってしまう。極度の方向音痴だけどちゃんとたどり着くから本当にすごい。

「何階?」
「二階」

 夜に響かないようにこそこそと尋ねるもののさすがにマンション内では迷わなかったゾロの背中について行く。きょろきょろと廊下を眺めてる間にガチャ、と鍵を回した音が聞こえてお邪魔させてもらおうとよそ見をしながら一歩足を進めたのが悪かった。硬い壁にぶつかった衝撃に呻いて俯く。どうやらゾロがまだ足を進めていなかったようでごめんと呟こうとした私にゾロが振り向いて口を閉ざした。だって、さっきまで散々あくびをしていたゾロの目が、なんだか、なんだか、射殺されてしまいそうなほど強くて声が出せなくなった。

「お前、ここがどこだかちゃんとわかってるか?」
「……、え、ゾロの、家、でしょ?」
「は〜……」

 鍵を開けたはずなのに中に入ろうとしないゾロに急に体の中の空気全部出したんじゃないかって感じるほど長いため息を吐かれてどうすればいいのかわからなくなる。

「……まあいい、ここだと近所に迷惑だ、とりあえず入れ」
「う、ん。おじゃま、します、」

 急に機嫌の悪くなったゾロに気分の良かったほろ酔い気分も一瞬で醒めた。今度こそ扉を開いて中に入ったゾロに続けて足を進めてつっかえながらもどうにか挨拶を紡ぐ。ばたん、と後ろで閉まった扉に足が止まる。ゾロは靴を脱いだけど、私はこれ以上前に進めなくて戸惑う。だってゾロ、なんだか怒ってた。

「……まじで入ってきやがった」

 聞こえた言葉に固まる。ゾロから言い出したのに? 社交辞令だった? ゾロはそういうことを言うタイプじゃないと思ってた。だから驚いて、納得して、ただもう少し長く一緒にいたいから頷いてついてきたのに。一瞬で駆け巡った思考回路に混乱したけどそれでも今一番私がやらなきゃいけないことは、帰ること。

「ごめんね、さすがに図々しかった、ちゃんとタクシーよん、」

 で今すぐ帰るから、と慌てて踵を返してゾロの家を飛び出ようとしたのにドアノブを掴んだ手を後ろからゾロに掴まれて動けなくなる。

「今までも終電逃したらこんなふうにしてたのか」
「こん、……? いや、えっと、……タクシーで、帰って、」
「帰ってねェだろ。のこのこ着いてきた」
「の、のこのこって、」

 一番最初に身構えた硬直が今更になって戻ってくる。だって、ゾロの言葉の数々はまるで、下心のある男の人のようで。だけどゾロと下心があまりにも不似合いで頭が混乱してしまう。

「だって、でも、……全然、そういう雰囲気、じゃなかった、し、」
「そりゃがっついて逃げられたくねェからな」
「あと、その、……ゾロ、手、出さないで、しょ……? ほら、あの、すごく可愛い人も、綺麗な人も、惨敗したって聞いたことあるし、だから、」
「好きなやつ以外に手ェ出さねェだろ」
「それは、……そうだけど、だから、」

 大丈夫だと思ったか?と背後から聞こえる静かな声に肩が揺れる。

「まあ、おれだって付き合ってもない女に手ェ出すつもりはねェよ」
「そ、そうだよね、」

 強張った緊張が解けるはずだったのに、ゾロの息が首筋にかかって息を呑む。

「ただ、意味はわかるだろ」
「え、……あっ、」

 身長に差があるはずなのに、ゾロの息が首にかかるわけがない。ゾロの口が私の首の近くにあるから、私の肌を吐息が撫でて、それから、熱く濡れた何かが私の首を這って腰が抜けそうになる。たぶん、抜けた、はずなのに崩れ落ちないのはゾロが私をしっかりと後ろから抱き抱えているから。混乱して訳がわからなくなる。

「おれが誰にでも手ェ出すような男じゃねェってわかってるだろ」
「ひ、ぅ……、うん」
「好きなやつ以外に、手ェ出さねェ」
「、」
「付き合ってない女にも、手、出すつもりもねェ」

 さっきと同じ言葉を繰り返されて、言葉はするすると脳に届くのに混乱が止まらない。

「だから、……だけどおれはそういう、甘い言葉とか、よくわかんねェし、どうやってお前に言えばいいのかわかんねェから、……こうすりゃお前に伝わると思ったのに、何も伝わんねェ上に意識もされてねェことがわかったからおれにもお前にも呆れてる」

 首筋に、はあ、とため息を吐かれて濡れた感触を思い出す。

「家ん中まで入ってきたら、お前もおれのこと、……────って思ってくれてると思って、……」

 くそ、と舌打ちをされて、急に背中の体温が消えてなくなる。痛いほどに抱きしめられていたのを離されたと気付いて、崩れ落ちなかった体をどうにか動かしてゾロと向かい合う。なのに、ゾロはもう私から目を逸らしていて視線が合うことはなかった。

「もういいから、今日は泊まってけ。危ねェし。いや、正直おれが一番危ねェやつだけど絶対手ェ出さねェって約束するから」
「ぞ、」
「だけど終電逃したからってもう二度とほいほい男の家に上がり込むなよ」

 いつもより饒舌なゾロに言葉を遮られて口を噤む。遮られなくても、何を言えばいいのかわからなかったから結局言葉は生まれなかっただろうけど。ゾロの言葉が落ちて無言のままお互い動けない。くるくる脳を働かせて色々言われたことを頭で繰り返して、それがなんだか全部都合の良いように受け取れる気がして、だから、まだ何を言えばいいのかわからないけどもう一度口を開いた。

「ゾロの思う甘い言葉って、なに?」
「……
あ?」

 何も考えず口から飛び出た言葉に自分でも驚く。でも、ゾロの思うその甘い言葉が気になってしまった。お互い勝手に腹を探り合い思考を読み取れたふりをして決め付けて誤解を生んでいた。今も、ゾロの吐露する言葉を私が勝手に良いように変換して期待してるだけかもしれない。だけど、ゾロの言葉の端々に甘い何かを感じ取れたから、だから、

「甘い言葉言ってくれたら手出してくれてもいいよ」

 混乱させられっぱなしだった私よりよっぽど間抜けな表情で視線を合わせたゾロに思わず今日一番の笑い声をあげてしまった。


  ▼▼蛇足

「終電なくなったんなら、うち、来るか? 狭ェし散らかってっけど」

 緊張で吐きそうになりながら口早に呟いた言葉はあんまりにもすんなり受け入れられて拍子抜けした。

「あ、コンビニ。寄る?」
「家にある」

 あまりにもすんなり行きすぎたから勘違いしてるんじゃないかと思った矢先に告げられた言葉に思わず即答したせいで不思議そうに首を傾げられて焦る。あまりにも無邪気に、楽しそうに言うから。隠してたはずの下心がまろびでて馬鹿正直に答えてしまった。わかってないのかと思った。でもわざわざコンビニに寄る、だなんて聞いてくるってことはちゃんとわかってるんだ。こんな夜更けに男の家に来る意味を。ならお前も、おれのことを。だからゴムの有無を。そうにやけそうになる顔をどうにか噛み殺して、続いた言葉に固まった。やっぱりわかってない。なんだこいつどっちなんだわかってんのかわかってないのかおれで遊んでんのか。ただおれの臓器を心配する姿と、それから全く色気を感じさせない無邪気な話題の数々にどんどん疑惑が確信に変わっていく。わかってない。こいつはなんにもわからずこんな夜更けに男の家にのこのこついてきてる。最悪だ。危ねェ。まじで危ねェ。なんだこいつ。他の男にもこんな感じでついていってないだろうな。