タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/04/17 ロー
囁く声の甘さ・火に飛び込む虫のように・手の中にある専用回線
⚠️別れ話 現パロ これのロールート


 しん、とした家は珍しくない。深夜に帰ることが多いおれの足音が彼女の安眠を妨げるのはいくら自分でも許せなかったから、物音を立てずに歩くことが密かに特技になった。特技はたまに、ほぼ毎日、わざと捨て去って彼女を起こしたい誘惑に駆られるが、睡眠が一番の健康なのは医者としてよくわかってるから我慢した。だから今日もそろりそろりと注意を払って、リビングの電気を音を立てないようにつけて目に入ったそれに固まる。電気に反射して丸くきらりと光るソレは、いつかおれが贈った指輪じゃないか、?
 どさ、と足元に抱えていた荷物を落としたのに、家が静かなままなことに血の気が引いてふらつく足で机に近寄る。おれが机にたどり着く間にも、どうしたの、と扉を開く音や声が聞こえなかった。冷え切った手で紙を、指輪を、それぞれ引っ掴む。よくよく覚えのある字と、馴染む指輪に喉が変な音を立てたのを聞いた。
 目が文字を滑るのに脳にうまくそれを伝達できない。だけど指輪がここにあるということは、彼女の指にはこれが嵌っていないということで、それは、……それは、彼女がおれに愛想をつかせて出ていったということ。
 うそだろ、と掠れた自分の弱々しい声が口から溢れる。何が悪かった? 何が嫌だった? 思い当たる節が何もない。最後に会った日の会話も、表情も、鮮明に思い出すことができる。呼び出しにデートを切り上げても笑顔で送り出してくれて、喧嘩だって何一つ、……なにひとつ、……なかった、のは、彼女が全て飲み込んでくれていたからだ。
 謝る言葉も、縋る言葉も思いつかないくせに震える手で冷たくなった指輪を置いて携帯を取り出して一番上に表示されているアイコンをタップする。呼び出し音を耳に入れながら何度も何度も文字を往復させて徐々に脳に意味が伝わってきた。案の定、別れ話で、なのに、恨みつらみなんてひとつも書いてない。忙しいからって食事を抜いたりしちゃだめだよ、とか、ちゃんと睡眠をとってね、とか、おれの体の心配ばかりしていて、ごめんね、とありがとうの感謝や謝罪が連なっている。おれのこと、嫌いになったから出ていくんじゃないのか。愛想を尽かしたから出て行ったはずなのに、手紙は愛に溢れていて頭が混乱する。
 繋がらない電話を一旦切って、もう一度掛け直す。繋がらない。ぐ、と携帯を握りしめるのと一緒に手紙を持つ方の手にも力が入ってしまったせいで紙がひしゃげた。慌てて引き伸ばそうとして、裏面にも何かが書いてあったことに気付いてひっくり返して絶望する。
 どうして。こんな一方的な別れなんか、認められるはずがない。体に気をつけて、本当にそう思ってくれているのなら、お前がそばにいてくれないと。食事や睡眠の有無よりも、お前がそばにいないのが一番体に支障をきたすんだ。お前がそばにいてくれたから、その笑顔がおれを支えてくれていたから、……そう考えて、ふと気がついた。おればかりがお前に支えられて、おれがお前を支えたことはあっただろうか。あいつはおれの些細な変化にすぐに気付いたのに、おれはこうなるまであいつの気持ちに気付くことなくのうのうと変わり映えのない日常を過ごしていた。部屋の荷物を一日二日で撤去できるはずがない。徐々に減らしていくしかないから気付く猶予はあったはずだ。それにも気付かず、馬鹿みたいに寝顔ばかり見つめていた。おれの仕事の都合で彼女を振り回して、いつもスケジュールを合わせてもらっていた。その合わせてもらっていたスケジュールでさえ、ドタキャンすることも多々。疲れた体には彼女の笑い声や話す声が癒しだった。でも、思い返せば二人の会話はいつも彼女がメインで話していて、言葉数の少ないおれは相槌ばかり。ずっと、もらってばかりだった。愛想を尽かすのも仕方がない。愛はお互い育むもので、一方ばかりが享受していいものじゃない。
 こんな一方的な別れ、認められない。そう思った自分の言葉がブーメランで返ってくる。一方的な付き合いをしていたおれに、それがそのまま返ってきただけだった。