タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/07/19 スモーカー
友情の枠をぶち壊す・薄氷をゆっくりと踏む・悲しみを放り投げて


 おれの片手で簡単にふたつをまとめ上げられるくらい細い手首の先に生えている指、に、見知らぬ輝きが存在感を出していて眉を顰めた。なんだそれ。先週会った時にはそんなもんつけてなかっただろ。そういやその時ヒナと男がどうたらとか飲み会がどうたらとか話してたような。まさかそんな一足跳びでその輝きを指につけるわけがない。いや。でも。何度目かの徹夜明けの頭は思うように働かずに無駄にぐるぐると思考が行ったり来たりするだけで何も解決しない。

「お疲れだね……大丈夫?」
「あ? ……いや、ああ、……なんでもねェ、……いや、なんでもなくねェ」

 おれの支離滅裂な返答にまつげを揺らし、あは、と口を押さえながら楽しそうに笑うその指にはやっぱり銀色に光る指輪が存在していてこめかみをおさえる。

「ほんとどうしたの?」

 大丈夫、と下から心配そうに覗き込まれて首を振る。何もかもが大丈夫じゃねェ。

「……それ、なんだ」

 それ、と指さしてもなんのことを言われているのかわからないとばかりに首を傾げられて眉間の皺がさらに深まる。一週間やそこらでそこに輝くそれは疑問にも思わないほど当然の物になってしまったのか。

「……お前結婚とか興味ねェって言ってただろ」
「? そうだね、仕事楽しいし」

 恨み言は指輪をつける前と同じ答えがそのまま返ってきて舌打ちをしそうになる。じゃあなんなんだそれ。おれやヒナと仕事してる時が一番楽しいだなんて笑ってたくせに。寄ってくる男を面倒そうに追い払っていたくせに。それを馬鹿みたいに信じてあぐらをかいてたおれが悪いのか。もしおれが一歩踏み出しさえすれば、お前のその指を貰い受けてたのはおれになってたか? そんなわけねェか。意識なんてされてなかったのは知ってる。一番近い距離にいたくせに一番遠い位置にいた。わかってる。一歩踏み出したところで何も手に入れることなんてできずにただ気兼ねなく話せる同僚の立場というものすら失うだけだ。わかってたから現状に甘んじてぬるま湯に浸かってた臆病者の末路がこれだ。

「……式には呼べよ」
「なんの?」

 不思議そうに首を傾げられてこめかみが引き攣る。

「結婚すんだろ」
「……? さっきの話の流れでなんでそうなったの?」
「あ?」
「興味ないって」

 知ってる。何度も聞いた。でも興味ないって言ってたくせにぽっと出の誰かと結婚すんだろ。相手は聞きたくない。聞いてしまえば殴りに飛んで行ってしまいそうだから。目の前のこいつにだけ焦点を当てていればいい。好きな女の綺麗な姿を見られるなら、どれだけ心が傷もうと、隣に立つのがおれじゃなくても、それでもその幸せな姿を目に焼き付けたい。

「それ」
「……どれ?」
「指輪」
「?」
「結婚すんだろ」

 吐きそうになりながら、おめでとう、と繋げるはずだった言葉が目の前の女があげた素っ頓狂な声にかき消される。

「言ってなかったっけ?!」
「……聞いてねェ」

 気兼ねなくなんでも話せる同僚という立場すら勘違いだったようで胸が痛む。そんな大事なことも話してもらえないくらいの薄い関係性だったのか。何もかも勘違いしてて惨めな男だ。仕事場にいるから仕方なく話しかけてただけで、こんな面白味のない男にプライベートなことを話す必要性なんてなかった。
 俯かせた視線の先で、すぽん、と簡単に薬指から指輪を外すのが見えて間抜けに口が開く。

「これ虫除けだよ」
「……は?」
「虫除け」

 同じ言葉を二度繰り返されて顔を上げる。

「興味ないって言ってるのにしつこい人がいるから試しにつけてみたの。そしたら意外と効くんだね。薬指に指輪してるだけなのに。こんな簡単なことで誰も寄ってこなくなるならもっと早くつけてればよかった」

 にこにこ笑いながら紡がれる言葉に脱力して顎が落ちそうになる。唖然として何も言えないおれを放置してぺらぺらと楽しそうに効果の程を語る女に傷付けられまくった心と徹夜明けの体の限界が急に来てとうとう文字通り崩れ落ちた。ふざけるなよ。お前もヒナもたしぎも、女どもは揃っておれをデリカシーがないだのなんだの詰め寄って肩身が狭い思いを散々してきたが、これからはお前にだけはデリカシーがどうのだなんだのとは絶対に言われたくない。ふざけるなよ、何が意外と効くんだね、だ。この馬鹿。
 目の前で急に崩れ落ちた同僚に驚いたのかすぽんと薬指から引っこ抜いた指輪を床に落としておれを支える馬鹿。心の中で思いつく限りの罵詈雑言を浴びせながら色々なものが一気に緩んで猛烈に襲いかかってきた異常な眠気に身を任せて意識を飛ばした。