タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
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2023/08/07 ゾロ
言葉にも声にも出来ない・天国はここにある・小指を彩る小さなリング
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「何を悩んでいるのかしら」
「ロビンちゃん」
こつこつとヒールの音が近付きながら声をかけられて一瞬眠りから覚醒しそうになったのに、眠っていたおれの横にいたらしい恋人にかけられた声だと気付いて目を開けるのをやめた。話しかけられた相手がおれじゃなかったのならこのまま昼寝を続行しようとして、眠気からふんわり霞がかった脳でふと気付いた。悩みが、ある? いつも幸せそうに笑っているこいつに? いつも幸せそうで、おれには気付けなかった。おれが、こいつの恋人なのに。こいつが悩みを抱えているならそれを取り払うのがおれの役目なのに。
「悩みっていうか、どうしようかなってちょっとだけ考えてて」
「何を?」
「指輪が欲しくって」
「ゆびわ」
ゆびわ。
心の声がロビンとかぶって固まる。指輪? 指輪ってあの、指にはめる輪っかか? 恋人の発言に思わずほっとする。よかった。何か憂いごとがこいつに降りかかってるわけじゃなくて。覚醒しそうになっていた脳が安心したせいでまた眠気が戻ってくる。昼寝の続きでもするか、と意識を逸らした瞬間、固まった。
「こういうのって一生ものでしょ? 私一人で決められることでもないし、」
「確かにそうね」
待て。よくあるアクセサリーの購入に悩んでたんじゃないのか。今こいつはなんて言った? 一生もので、こいつ一人で決められることじゃなくて、……そんな指輪が欲しい……? それは、所謂、結婚指輪とか、そういう……? 眠気なんて吹っ飛んでしまった。お前、結婚したかったのか? そんな素振り、一度だって見たことがなかった。そりゃおれだって、お前とは一生一緒にいるつもりだし、いずれは、だなんて思いはしてた。でも自由を愛する海賊にとって結婚は縛り付けることになるんじゃないかと考えて、お前も嫌がると思ってた。だから、いつか、近いうちに世界一の大剣豪になって、それからお前をどう説得するかが一番の難関だと思ってたのに、お前は結婚に前向きな姿勢だったんだなと気分が上昇する。
「でもちょっと悩んでて」
浮かれた頭に悩みに唸る恋人の声が降ってきて思考が帰ってくる。そうだ、こいつ悩んでるんだった。もしかしておれがお前は結婚に前向きじゃないと思い込んでたのと同じで、お前もおれが結婚には前向きじゃないと思い込んでるんじゃないだろうか。有り得る考えに今すぐ飛び起きてプロポーズするか、いやでも、あまりにも唐突すぎて何もうまいことは言えやしねェと尻込んでしまう。
「もしかしたらもっと他に素敵な出会いがあるかもしれないし」
────は?
浮かれた脳が想定した悩みとは全く違う、どんな剣筋よりも切れ味のいい言葉が心臓を突き刺して息を呑んだ。
「確かにそうね」
狸寝入りがバレてしまうのを恐れて慌てて呼吸を取り戻したが、会話に夢中な女二人にそんな心配は無用だったかもしれない。ロビンの非情な相槌に息がしにくくなる。
「この島にはもうしばらくいなくちゃいけないんだしその間に考えればいいかなあと思って」
「そうね、次の島に行くまでに決断すればいいと思うわ。結局はあなたの気持ち次第だもの」
「うん! じっくり考えてみる」
こつ、と今度は二人分の足音がして遠ざかる気配に目を開ける。ばくばくと心臓が変な音を立てて、嫌な汗をかいている。もしかして、この島で指輪を渡さなければ恋人に見切りをつけられる? 次の島で、誰か他の男にお前を奪われてしまう? 何があいつをそんな考えに至らせてしまったんだ。ずっと幸せそうに笑ってた。昨日だって、今朝だって、好きだよ、と笑って伝えてくれた。おれのことを好きだから、おれもお前のことが好きだから、だからおれと恋人なんじゃないのか。なのにどうして。
まだあいつは悩んでるだけで、おれのことを嫌いになったわけじゃない。他にもっとステキな男がいるかもと考えているだけで、おれがソレになればいいだけだ。どうすればソレになれるかはわからなくても、この島のログが貯まるまでが期限なのだから一分一秒でも惜しいと体を跳ね起こす。今ならまだお前に指輪を渡す権利がおれにはある。とりあえず、プロポーズには指輪が必要だ。
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頭で考えるより先に船を飛び出して体を動かしてようやく辿り着いた店に飛び込んだ瞬間、すわ強盗かと言わんばかりに怯えた店員たちの視線に焦る。三本の刀を腰に携えた男が焦りに血走った目で入店すればその反応が正解だと頭を冷やして深呼吸する。なあ、と一番近かった店員に出来る限り怖がらせないよう穏やかに声をかけたが、ヒッ、と怯えられてしまった。もう怖がられるのは仕方がない。埒が開かなくなるだけだから勝手に話を進めさせてもらおうと言葉を紡ぐ。
「金はない」
「ひえ」
「が、賞金首を何人か狩ってきた」
「ひえ、……え?」
「さすがに店に持って入るのは迷惑だろうから外に置いてんだ」
「は、……はあ……?」
おれの話に他の店員が走っていくのを横目に見て話を続ける。
「結婚指輪がほしいんだ。おれも賞金首だから換金には行けねェ、代わりにお前らが行ってくれ。釣りはいらねェ。無理を言ってるのはわかってる。指輪が欲しいだけだ、お前らに危害は加えない。……頼めるか」
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怯えよりも商売魂が勝ったのか、指輪の流行り廃りやらデザインやら材質やら何もわからないおれに懇切丁寧に付き合ってくれて誂えた婚約指輪。結婚指輪の存在しか知らないおれに、婚約指輪というものがあるということを教えてくれて助かった。あいつも自分一人で決められるものじゃないと言ってたのに、この島を出たら他の男に奪われるかもしれないと考えるだけで冷静になれなかったせいでそれが頭から抜けていた。一生に一度のものだ。あいつだって自分で好きな指輪を選びたいはず。勝手に選んだらステキな男とやらにはなれなさそうで次の島に出発する前に勝手なことをする男とは無理だと見切りをつけられてしまう。それでもプロポーズするにはやっぱり指輪は必要不可欠だから婚約指輪の存在は本当に有り難かった。
海軍にでも見つかりそうになったのかサニー号が移動していたせいで船に辿り着いた頃には夜明けが近かった。ごつ、とおれの靴音が甲板に響いて眉を顰める。まあこの程度じゃ誰も起きる心配もないかと眉間の皺をほどいた瞬間、おかえり、と声をかけられて肩が跳ねた。心の準備できていないのに。
「……なんで起きてんだ」
「夜更かしじゃなくて早く起きちゃっただけ。ゾロはまた迷子?」
「船動かすなら連絡しろよ」
「……動かしてないよ」
呆れた声音に視線を泳がす。いや、動かしただろ。たぶんお前が寝てる間に動かしたんだ。
「そんなことよりどこ行ってたの?」
「ど、」
急に本題に移られて固まる。お前の指輪を買いに行ってた。即答すればいいのに何も答えられなくて視線が泳いだまま俯く。俯いた先の懐には指輪が入った箱をしまっていて、心臓が嫌な音を立てる。指輪を買うことにだけ必死で、プロポーズの言葉なんて何ひとつ考えていなかった。そりゃこんなていたらくのおれなんかより他に良い男なんてそこら中にうじゃうじゃいるだろうな。それでもおれはお前が良くて手放せない。
「……おれなんかよりお前に似合うやつは他にいると思う」
「ん? ……、なに?」
ずっと柔らく包んでくれてたような声が硬って緊張する。
「わかればなし?」
「別れたくねェ」
「……ん?」
どうしても尻込んで指輪を懐から出せないせいで黙り込んだおれにこの世で一番恐ろしい言葉を紡いだから反射的に顔を上げて否定する。何度も瞬いてまつげを揺らして不思議そうに首を傾げる恋人に一歩近付く。
「……次の島で、他のやつなんか探さないでくれ。おれにはお前だけなんだ、」
頼む、とようやく懐から出した指輪の箱を突きつけるように差し出す。
「お前の一生をおれにくれ」
頼む、ともう一度、消えそうになる声で呟いて、また俯く。言葉に出せば出すほどみっともないプロポーズで、これじゃせっかくの期限を狭めてしまっただけだと落ち込む。うんともすんとも返事をくれない恋人にとうとう見切りをつけられたかと恐る恐る視線を戻せばぼろぼろと涙を流していてギョッとする。
「な、なん、……なんで泣い、」
あまりの衝撃に口もうまく回らずに慌てて袖を引っ掴んで顔の水滴を拭う。顔から水がなくなったところで泣いてなかったことにはなりはしないのに。あぷ、とおれの服の布に溺れ始めたのに気付いて慌てて袖を退けて覗いた表情はいまだに涙は流しているもののどこか笑っていて混乱する。
「う、うれし、」
「……え、」
うれしい、と涙に震える声だけどしっかり耳に届いた。どん、と勢いよく胸の中に飛び込んできたのを受け止めて、肝心の指輪を落としてしまいそうになったのを慌ててぎゅっと握り込みながら意味もわからず抱きしめる。嬉しいって言ったか? それは、つまり、プロポーズは成功したということ、か?
「な、なん、でこんな、きゅ、に」
ひぐ、と引き攣る喉で胸に抱いた恋人が呟いて混乱してるせいで聞かれるがまま口を開く。だってお前が、次の島でもっと他に良い男に出会うかもしれないなんて迷いごとを言うから。
「指輪、欲しいって、……言ってただろ、悩んでるって、……だから、なんとかしねェとって思って、……」
だから、と子どもの方がもっと理路整然と説明できると思えるくらい支離滅裂な言葉はやっぱり伝わらないのか、ぐすぐすとおれの腕の中で泣きながらおれを見上げる女の表情は意味が全く伝わらずにぽかんとしていて歯痒くなる。
「おれが昼寝してる時、ロビンと話してたろ」
「………………ゾロあの時起きてたの?」
ピンと来た拍子に涙も止まった恋人に、狸寝入りを自白してしまったことを後悔する。盗み聞きなんてする卑怯な男はやっぱり嫌だと言われてしまったらどうしよう。ぐ、と唇を噛む。
「……それがどうしてプロポーズに、」
「指輪、欲しいって」
結局同じことを繰り返し呟いて、それ以上は黙りこくるおれに腕の中で不思議そうにする姿を逃さないように閉じ込める。
「次の島で、……他の出会いがあるかもしれねェって、……だから、他の男にお前を奪られたくなくて、」
「……?? あっ、えっ……?! 違うよ!!」
急に勢いよく否定されてなんのことかもわからないのにとにかく否定されたことだけ理解して心臓が冷えていく。やっぱりお前は違うと言われたら、そう思うだけで心が痛んでどうしようもなくなる。
「指輪の話だよ!」
「……わかってる」
だからこうやって急いで買ってきた。
「ち、違うって、結婚とかの指輪じゃなくて、おしゃれするための指輪!!」
「……、は?」
一瞬、時が止まった気がして脳が固まる。
「だって、お前、一生ものだって、」
「ちょっとお値段が高くて良いものだから一生使えるやつなの」
「一人で決められることじゃねェって、」
「値が張るお買い物だからナミちゃんに相談しなきゃいけないでしょ」
「次の島でもっと良い奴に出会えるかもって」
「私そんな言い方してた? 次の島で他に気にいるアクセあるかもって、そういう話をロビンちゃんとしてた、けど、」
おれたちの間に沈黙が落ちて頭の中がぐるぐると混乱する。つまりは、
「おれの、はやとちり?」
「……うん、たぶん、……」
体の中の空気全部を出し切るかのようなため息が口の中から出て、ぎゅうっと恋人を強く抱きしめる。
「他にもっと良い男がいてもか?」
「……さっきから失礼だよ、……私の好き、全然信じてなかったってことでしょ」
わずかに滲む怒りの声にせっかく戻ってきた安堵がまた駆け足で逃げていく。慌てて、そうじゃねェと言い訳を紡ぎながら抱きしめて離さない。違う、信じてなかったのはお前の好意じゃない。おれが勝手にお前には他にもっと良い男がいるからと焦っただけ。
「……勘違いのプロポーズは無効?」
「はっ?! なん、なんでだ、情けなさすぎるからか?! やり直す、……お前の望む通りにやり直すから、だからまだ見切りをつけないでくれ、頼むから」
「……ゾロがほんとに良いならやり直さなくていいよ、……きっかけは馬鹿みたいだけど、嬉しいもん」
ね、指輪見たい、と言われて慌てて差し出す。無意識に力を入れすぎたのか少しへしゃげた箱にまた焦るけど、それにおかしそうに笑ってくれたからとりあえずほっとする。
「すてき」
ぱか、と箱を開けて頬を緩ませた恋人にとうとう緊張の糸が千切れて急激な睡魔が襲ってくる。そういえば昼寝は中断したし、夜もサニー号を探すのに手間取ったしで睡眠時間を確保できていなかった。
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