タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
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2023/08/09 スモーカー
大事なものなんて他にはないよ・言えない言葉を突きつけられ・夢は夢にしかならず
※現パロ
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仕事が忙しいのを免罪符に恋人を避けまくっている。顔を見て話がしたいので少しでいいから時間をください、その通知を見てから余計に仕事にのめり込んだ。どこか畏まった文面と、少しの時間。そんなの、別れ話に決まってるだろう。心当たりしかない。恋人と言っても名ばかりで、今のようにわざと避けなくたって記念日はことごとく忘れるし、それの埋め合わせのために立てた予定もいつも仕事で行けなくなる。恋人関係になる時だってドラマや漫画に出てくるような甘い言葉とやらはついぞ言えなかった。ただ向こうがおれの好意を汲み取ってくれて、運良く恋人になれただけ。世間一般的にはこんなもの恋人関係とはとても言えないんだろう。現に同僚や部下からは恋人の存在は幻か何かだと思われている。自然消滅なんていう恐ろしい単語が耳に入って、だがそれだけは絶対にないと確信を持てるからこそ今の現状だ。律儀な恋人は、自然消滅なんて絶対にしない。別れる時はきちんと別れる。だからこそ避けてさえいれば恋人関係は続けられると悪足掻きをしている。会ってしまえばこんな男、フラれるに決まっている。会わなければ少しでも長くあいつを引き止められる。徹夜明けの頭でそんな馬鹿みたいなことを真面目に考えて実行し続けた。そんなこと続きやしないのに。
「スモやん彼女ほんとにいたんだな」
あまりきちんと働いていない脳にその言葉はすぐに届かなくて眉を顰めた。いた、ってなんだ。いる、んだよ。まだ別れてねェ。別れられたくないから逃げている。徹夜明けで脳が働いていないくせに、働いていなかったからか深い意味もなく言っただけであろう部下の言葉の隅を心の中でつついてしまう。
「良い人だな! スモやんのいかつい顔見慣れてっからおれたちのことも怖くねェのかな? おれたちの分の差し入れもくれてさァ、っ、て、スモやん?!」
背後で驚く声が聞こえたのは反射的に走り出してしまったから。スモやんのデスクに案内したぜー!と大きな声が背中にぶつかって、当てもなく走り出したことに気付いて舌打ちをした。話の内容を最後まで聞かずに反射的に走り出してしまったが、今この場にあいつが来ているという事実だけきちんと把握して、それから焦る。職場にまで来るなんて、今まで一度もなかった。恋人の存在は幻だと思われてるくらいだ、当然、あいつらに会わせたことはない。とうとう、あまりにも連絡のつかないおれに痺れを切らして職場にまで乗り込んできたんだろうか。わざわざ職場に来てまで別れ話を? 職場に来るしかできないくらい連絡手段を絶ったおれが悪いくせに責め立てるような思考回路に陥ってかぶりを振る。途中、ドタバタしないでちょうだい、と同期の心底嫌そうな静かな声が怒鳴られるより響いて、それでも足は止められなかった。ざわざわと騒がしい背の高い輩たちの中から柔らかな声が聞こえる。その声を聞くだけで緩んで徹夜明けの体が勝手に休息に入りそうになるのを抑えて、いかつい輩たちをかき分けた。
「……なんでいる、」
別れ話を拒んで逃げていた男の第一声とはとても思えない。馬鹿だ。徹夜明けだからだ、なんて言い訳はできない。疲労困憊していなくてもきっと同じ言葉を吐いた。ちらりと視線を移せばこいつらへの差し入れだけじゃなく、おれの服が入ってる紙袋を持っていて、こいつは連絡もしない名前だけの恋人にこんなにも気遣えるのにおれは別れたくないくせに優しい言葉のひとつもかけられない。後悔しても吐いた言葉を取り消しフォローすることもできなくて、おれの低い声がイラついてるとでも思ったのか部下どもは波が引くように去っていった。ぽつんと残されたおれと恋人に気まずい間が生まれて唇を噛む。おれの機嫌が悪いとでも思ったのかそそくさと全員がはけたせいでふたりきりだ。こいつに口を開かせたらきっと別れ話だからおれが何か話しかけてここから追い出さなきゃいけないのに、いつも話をしてくれるのはこいつで、そういうところにもきっと嫌気がさすんだろうと今更気付く。
「ずっと連絡がつかないから、家に帰れないほど忙しいんだと思って」
「ああ、忙しい。……なんの用だ」
まさかお前に別れ話を切り出されたくないから、帰ろうと思えば帰れるのに嘘をついて頷くおれはみっともないし情けない。だからとっとと自分の家に帰れ、別れ話なんてしないでくれ、名ばかりの恋人すら気遣えるお前なら憔悴してるおれを見て今は別れ話はやめておこうなんて心変わりして帰らないか、馬鹿みたいな夢想をして、迷惑をかけてしまうかもしれないからと職場にまで足を運ばなかったこいつが今ここにいることが答えだ。乗り込む覚悟を決めさせてしまった。
「家に帰れないのは大変そうだから着替え持ってきたの。この間泊まった時に置いていった服」
はい、とにこやかに手切れ金のように手渡される服を受け取れない。お前の家からおれの影が消えて、これを受け取ったら次は別れ話なんだろう。人形のように動かなくなったおれを不思議そうに見上げて、ここスモーカーくんの席なんだって?と楽しそうに笑いながら机の上に置かれてしまった。受け取らなくても引き渡しが完了してしまった場合はどうなるんだ。ぐるぐる悩むおれなんかと違ってどこか吹っ切れたように楽しげな姿。一緒に出かけた時にそんなふうに心から笑ってる姿を見たのは遠い記憶のお前で、最近のお前はいつも困ったように笑ってた。馬鹿みたいな男を今から捨てるから、重荷が減るから、だからそんなにも晴れやかな笑顔を浮かべてるんだろうか。
「大事な話がしたくて、」
「今は無理だ」
「職場まで押しかけてごめんね、でもこういうのは早い方がいいから」
忙しいから無理だ、なんて嘘の建前を放り出してただ嫌だ聞きたくないと恥も外聞もない言葉が口を突いてしまいそうになる。そりゃ損切りは早い方がいいよな。お前を大事にしてくれて、約束を守って、優しい言葉をかけて支え合い、お前を楽しませてくれる男なんておれの他に星の数ほどいる。一方的にお前の愛情を奪い、おれがお前に愛情を示せている自信はつゆほどもない。それでもおれにはお前しかいなくて、だから別れたくないから馬鹿みたいに避けて、それで余計に嫌われて、本末転倒だ。
「スモーカーくんの仕事が世の中にとってすごく大事で、スモーカーくんの代わりは他にいないし、私のことを大事にしてくれてるのもちゃんとわかってるんだけど、それでもやっぱり、ちょっとだけ、さみしくて」
申し訳なさそうに笑いながら呟かれた言葉に胸が締め付けられる。何度約束を破っても一度も苦情や文句を言ったことのない女の寂しげな言葉はそれでも決してただ仕事に真っ直ぐであるおれを慮ってくれていて、それが余計に心を傷付ける。目の前の恋人はおれが本当に仕事に忙しくしてると思って我慢してくれて、それについてわがままを言ったことは一度もないのに、おれはただお前と別れたくないというわがままで忙しいと嘘をついてお前の真摯な気持ちすら裏切っている。こんな良い女をおれのわがままだけで引き止めるのはやっぱり馬鹿がすることで、お前におれは相応しくない。こうして馬鹿な男にきっちりけじめをつけてくれる優しい女には、お前がおれを大事にしてくれたようにお前を大事に幸せにしてくれる男が相応しい。ちゃんと、手放すべきだ。続く別れ話にきちんと頷いて、みっともなく縋ったりせず、せめて綺麗な思い出で女の中に残りたい。深呼吸して、覚悟を決めた。
「ぜんぜん会えなくて、恋人なのに、月に一度も会えないのはやっぱりちょっとさみしくて、」
「……悪い」
「スモーカーくんは悪くないよ。頑張ってるもん。これは我慢できなかった私のわがままだから、」
頑張ってなんかない。お前に振られるのがこわくて、逃げてただけだ。わがままなのはおれ一人。どこか言いにくそうに口をもごつかせて、しばらくしておれと同じように覚悟を決めた目としっかり視線が絡む。
「……だから、その、……一緒に暮らさない?」
「──────は?」
「だ、だめかな、……ごっ、ごめんね、職場に押しかけてまで言うことじゃないよね、一緒に暮らしたって今みたいに家に帰れないくらい忙しい時期もあるから意味ないと思われるかもしれないけど、私とスモーカーくんの家で待ってたら帰ってきてくれる、って思えるだけでも寂しいのも少なくなるし、良いかなっておもっ、て、……も、もちろん、疲れて帰ってくるスモーカーくんにこれ以上わがまま言わない。家でくらいちゃんと休んでほしいし、これが最後のわがままにする、それから、……それから、────ッ」
さっきまでの口の重さはどこに行ったのかと思うほどぺらぺらと紡がれる言葉の数々が緊張に強張っていた体を徐々にほぐしていって、うまく働かない頭にようやく意味が届いた瞬間目の前の女をほんの少し浮かせてしまうくらいきつく抱きしめてしまった。別れ話じゃなかった。別れ話どころか真逆で、恋人の気が変わらないうちに返事がしたいのに喉が詰まって何も言えずにただ抱きしめることしかできない。
「う、うぐ、スモーカーく、し、しんじゃう、くるし、」
「わ、悪い、大丈夫か」
ただただでかい男に無言で抱きしめられた恋人の声がどんどんか細くかき消えてしまいそうになったのが耳に届いて慌てて力を緩める。自分から避けてたくせに久々の恋人の感触に離れがたくて、反省も後悔も何もかも飛び越えてしまうやっぱり駄目な男で、恋人には不釣り合いだと思った。それでも手放せないから、こうして自ら側に近付いてきてくれるから、駄目な男が調子に乗る。おれの腕の中で溺れ死にそうになっていた顔が隙間から覗いて笑うのが見えて気が抜けた。
「……一緒に暮らしてくれる?」
「暮らす。今から一緒に帰る」
「えへ。やった、ありがと。……ん? 今から? いいよ、そんな、まだその帰る家も決めてないし、忙しいでしょ?」
「おれの家かお前の家かに一緒に帰る。忙し、かったのは、全部が全部、嘘なわけじゃねェ、けど、……お前と会ったらこんな男とうとう振られるんじゃねェかって思って、……わざと仕事多めにいれて避けてた。悪い」
忙しいのは今終わった、なんて嘘を貫き通せばよかったのかもしれない。せっかくおれを美化してくれていたのにこの懺悔で嫌われるかもしれない。それでも、ずっと卑怯なことをしてたおれに、正々堂々と真正面からぶつかりにきてくれた良い女にこれ以上罪を重ねたくなかった。
「……私に振られたくなくて連絡取らなかったの?」
「……ああ」
さっきまでの嬉しそうな笑顔が消えて、眉間に皺がよる姿にただ反省する。馬鹿みたいなことをした。お前を無駄に傷付けた。
「そんなありえないこと考えてこんなクマ作っちゃうくらい休めなかったの?」
ずっと悩んでいたことをありえないことだと一刀両断されて、不意に目尻を撫でられて固まる。怒らせた、はずだ。なのにただただおれの体を心配するが故の怒りは優しく柔らかくて思わず瞬く。
「ばか」
罵られてるはずなのに全然痛くも痒くもなくて、反省しなきゃいけないのに許された気になってしまう。
「ちゃんと家に帰って寝なきゃ。ほんとに今日はもう帰って大丈夫なの? 嘘ついてない?」
「う、そはもうつかねェ。帰れる。帰る。……一緒に」
「……ここからだとスモーカーくんの家の方が近いけど、私着替えも何も持ってきてないもん」
「おれの着替えはここにある」
お前が持ってきてくれた。手切れ金のようだと感じていた荷物が今は輝いて見える。腕の中で呆れた顔をしてみせた恋人に目を泳がせた。反省はしたい。でも、そうだね、と困ったように眉根を下げながら結局おれを甘やかすから馬鹿な男がつけあがる。
「じゃあ今日は私の家に帰ろっか」
ふふ、と笑って了承されて、また感極まって抱きしめる力を強めて殺しかけてしまった。悪い。
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