タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/08/16 ロー
震える指先・柔らかい頬・意地の悪い笑顔でも愛しい


「付き合ってしばらく経ったでしょ? どんな感じ?」
「ん〜……思ってたのと違って、……ちょっとだけ困ってる」

 恋人の口から申し訳なさそうに放たれたその言葉を聞いた瞬間、サッと血の気が引いて立っていられなくなった。立っていられなくなったくせにもうそれ以上聞きたくなくて普通に歩くよりも体力を消耗する能力を使って自船に帰り蹲る。
 思ってたのと違って、……ちょっとだけ困ってる。
 おれはあいつを困らせてしまっていたのか。楽しそうに、もしくは照れながら呟かれたならまだ望みはあった。おれだってお前と付き合えて思ってたことと違ったことがいくつかある。片想いの時は好きすぎて苦しかったことが何度かあって、両思いの恋人になれたら苦しいのとはおさらばしてただ浮かれるだけだと思ってた。そんなのは大間違いで、まだ見ぬ病気か何かにかかったのかと思ったくらい心臓が痛すぎるから体の隅々まで調べて、結果、ただの恋の病だったことに呆れられたこともある。愛しすぎて困る、だなんて、馬鹿みたいなことをあいつも思ってくれてるならいいのに、あの言い方は確実にそんなものじゃなかった。自分の心の変動に困ってるんじゃなく、ただ純粋に、おれから与えられる何かに困ってた。その何かのせいで別れを告げられるのか? 思ってたのと違った? おれはお前にどう思われていて、そしてどう幻滅されたんだ。過去の付き合いに思いを馳せてもただおれが浮かれていたことしか思い出せない。あいつだって笑ってくれてた、はずなのに。心の中では何かが違うなとずっと思われていたんだろうか。ただひたすら過去を思い出してもなにひとつ心当たりがない。全部、お前の望む通りにしていたつもりだった。その驕りが嫌だったんだろうか。
 考えに考えてどれくらい時間が経ったのかわからない。こん、と控えめな音が静かな艦内に響いて顔をはね上げる。こん、ともう一度、今度は少し強く音が響いた。敵意は感じない。見知った気配はする。けれどこんなノックの仕方をする人間はうちのクルーにいない。眉を顰めて、刀を握りしめて立ち上がる。ぐ、と扉を引いて固まった。

「ロー」
「なんで、」

 困ったように笑って立っている恋人に、やっぱりおれの何かがお前を困らせていて、それでわざわざ別れを告げにきたのかと思わず扉を閉めてしまいそうになる。

「さっき、私たちがお昼食べてたお店にいた?」
「、」

 見つからないように能力を使って帰ったはずなのにバレている。ぐ、と返答に詰まったのが答えになってしまって、目の前の女がまた困ったように微笑んだ。ずっと困らせてしまっている。

「話、聞いてた?」
「……」

 わざと聞いたわけじゃない。ただ通りすがって、盗み聞きなんてするつもりはなかった。お前の声はおれの耳によく馴染んでいて、小さな声でも聞き逃さないようにいつも必死で、ただそれだけで、……結果的に盗み聞きをした天罰を喰らってこうして落ち込んで部屋に引き篭ったのにそれすら目の前の女には隠せない。

「……別れたくない、愛してるんだ。思ってたのと違うならお前の思ってた理想のおれを教えてくれ。おれの何が、……お前を困らせてる?」

 必死になって手に入れた女が離れていくかもしれない恐怖で、みし、と鬼哭を強く握りしめてしまう。

「……ローの、そういうとこ」

 打開策を求めようとしたのに、それがいけなかったようで狼狽える。そういうとこ、って、どういうとこだ。ただお前が離れていかないように必死で足掻いてるだけなのに。その必死なところが男らしくなくて駄目なのか。

「ごめんね」
「なにが」

 謝らなくていいからどうすればいいのか教えてくれ。どうすればお前を困らせない? どうすれば別れを回避できる? お前の心を無視して閉じ込めるのは簡単だ。麦わら屋と全面戦争をすることになるが、戦わずに逃げ続ければいい。幸いこの船は潜水艦で、潜もうと思えば麦わら屋たちの持つ一級品の船や航海士からも逃げ切れる自信がある。でもそれじゃ駄目なのはわかってる。わかってるから、教えてくれ。

「でもローも悪いと思うよ」

 おれが謝って済むなら反省するし謝るから、だからその、そういうとことはなんなのかを早く教えてほしい。ぎちぎちと嫌な音を立てる心臓に吐き気がしてきた。

「ドライだって散々言うから」
「……、?」
「北の海とこっちじゃドライの意味違うのかな、って思わずサンジくんに聞いちゃった」

 ずっと逸らしていた視線を恐る恐るあげればやっぱり困ったように笑っている。言っている意味がわからない。

「ドライな人は一日に六回も愛してるなんて言わないよ」
「そ、……愛してるって言わなきゃいいのか?」

 訳のわからないことばかり言われて困惑する。愛してるのをやめろと言われればそれは無理だ。でも、言うな、なら、心の中に留めておいて黙り込むことはできる、はずだ。寡黙な男が理想だったんだろうか。確かに付き合う前はお前に嫌われたらと思って口説くのも辿々しかった。付き合ってから、恋人なのだからと遠慮せず愛の言葉を紡いでいたのが“思っていたのと違った”なんだろうか。それくらいなら、頑張れる。はずだ。

「……そういうとこがちょっとだけ、あの、……うん」

 また“そういうとこ”だ。わからない。何がお前を困らせているのか。

「私のこと、ほんとに好きなんだね」
「……? ああ、あ、」

 いしてる、と続けそうになって慌てて口を閉じる。

「ごめんね、……最初、遊びだと思ってたの」
「……は?」
「あんなにドライアピールするから、……本気にするなよってことかと思ってたの」
「は、」
「でも私、ローのこと好きだったから、遊びでもいいからと思って、……なのにローってば、付き合った途端、すごく柔らかくなるし、私のことすごく大事にしてくれるし、……本気だってわかって、だからちょっと、思ってたのと違って、……そういう、困ってる、なんだけど、……ローのこと傷付けちゃってごめんね」

 とんでもない勘違いを生んでいたらしいことに肝が冷えて、途中で恋人の好意に一瞬気が緩んで、また冷や汗をかく。遊びだと思われていた。ずっと馬鹿みたいに浮かれていたのに、遊びだと。今は本気だとわかってくれている。でも、本気なことが困らせている? 訳がわからなくなってやっぱり不安は消えない。

「……別れなくていいのか?」
「うん、私も別れたくないよ」

 だから思わず率直に聞いて失敗したと思ったのも束の間、言質をとれて少し安堵した。

「……お前の思ってたおれの方が、お前は好きか?」

 少しだけ余裕ができて深追いをする。本気でお前のことを愛してるから、遊びで付き合っているフリなんて到底できる気はしないが好きな女の理想を叶える為なら頑張れる、はずだ。なのに深追いした質問に困って笑う姿に失敗したと悟る。

「ローは? どんな私が好き?」
「どんな……? お前がお前なら、」

 なんでも好きだと思う、と答えようとしてはっとする。気付いたことに気付いたようでどこかはにかんだ可愛らしい笑顔を浮かべる恋人に口籠もった。

「私もどんなローも好きだよ。ただちょっと慣れないだけで、……だから、私が慣れるまでローがしたいようにしてよ」
「……愛してるって言っていいのか」
「……うん、その、ちょっと困るけど、いやなわけじゃなくて、」
「抱きしめてもいいのか」
「んぐ、……うん、」

 了承をもらった瞬間、ずっと強く鬼哭を握りしめていた手で恋人を引き寄せる。もぞもぞと収まりが悪そうに動くつむじを眺めながら別れの危機じゃなかったことに安堵して冷静になった頭でふと思う。

「なァ」
「……な、なに?」
「困るんじゃなくて、恥ずかしいんじゃねェのか」
「……、そ、そうかも、?」
「は、かわいいな」
「だ、っか、ら、そういうのが、こ、こまる!」

 落ち着く場所を見つけたのか静かに収まってくれたと思った瞬間、愛しさが募って思わずこぼれた言葉にまたじたばたと暴れ出した恋人の言葉にもう心臓が馬鹿みたいに傷付くことはなかった。