タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/09/03 スモーカー
飲み込んだ言葉の墓場・全てを忘れさせてください・全部棄てたら君をくれる?
※過去に別れてる
これの立場逆転if


 うえええん、と泣く声が真後ろから聞こえて振り向こうとしたのにうまく振り返ることができなかったのは小さな子どもが俯き大泣きをしつつもおれのコートを小さな手で驚くほどの強さでしっかり握りしめていたからだった。これじゃあきちんと真正面から向き合えねェと体を煙に溶かして引っかかっていた部分を避けしゃがみこむ。

「おいどうした、アイスでも落としたか?」

 俯き泣く子どもの頭をぐしゃぐしゃとかきまぜながら撫でて冗談めかして問うてもえんえんと大声で泣き喚くだけでどうしようもない。助けようにもまずは何に泣いているのかわからないことにはどうしようもない。

「お嬢さん、まずは泣きやんでくれねェか」

 しゃくりあげながらもどうにか涙を止めようとしてるらしいことに気付いてわしゃわしゃと頭を撫でるのを緩やかにしていく。地面に滴り落ちる涙を拭おうとハンカチを探してもそんな洒落たもんは持ってない。掴まれている白いコートでいいかとばふっと顔面に降らせた。わぷ、と溺れてくぐもった涙声を聞きながらコートに水分を含ませてから、ようやくご対面だと白い布を退けた瞬間息を呑んだ。
 撫でまくってぐしゃぐしゃにした髪を揶揄ってやろうと開いた口は、空気すらも吐き出せなかった。真っ赤に濡れた目も、ひくひくと鳴く鼻も、震える唇も、今思えばおれがくしゃくしゃに暴れさせた髪も、全て知っているものだった。とうとう心から追い出すことのできなかった女の生き写しが今目の前に立っていた。

「す、すもぉかぁ、くん、」
「ッ、」

 さっきはあんなに大きな声で泣き喚いていたくせに涙に濡れた声は目の前にしゃがみ込むおれにしか聞こえないくらいのか細さだったのに、脳に直接ぶち込まれたような衝撃に心臓が止まった気がした。好きな女の生き写しでしかない子どもに気が狂いそうになった。おれと別れた後に、誰と結婚したんだ。誰と、子どもを。おれはずっとお前を忘れられなかったのに。誰と。ぎり、と歯を食いしばって、手のひらを痛いほど握り込む。そうでもしないと叫び出してしまいそうだった。おれがお前を幸せにしたかった。お前を傷付けることしかできなかった時より、実力も地位も文句なくつけたのに、お前はおれのそばにいない。おれじゃない誰かと手を取り合って、おれじゃない誰かとの間に愛らしい子どもをもうけて、おれのいないところで幸せになっている。好きな女が幸せでいることを喜ぶべきなのに、浅ましい心が暴れて醜い罵倒を見たこともない男に向かって投げつけてしまう。おれが幸せにしたかったのに。傷付けることしかできなかったから別れを選ばれたのに、頭ではわかっていても納得したくなかった。

「すも、ぉかーくん」

 なんでお前は別れた男の名前を子どもに教えたんだ。子ども特有の高い声。だけどお前の声と少し似ているから胸が高鳴って、それから現実に気付いて馬鹿みたいに心が傷付く。

「たすけて、」

 助けて、と脳がそれを咀嚼する前に体が勝手に動いて片手で抱きかかえて片手に十手を持って立ち上がる。反射的に索敵をして何もないとわかっても警戒は怠らない。それが市民を守る為に正しい行動だとわかっていても近付いた距離に後悔した。抱き上げれば否が応でも好きな女の生き写しでしかない子どもの存在を感じてしまう。急に高くなった視界が怖いのか小さな体でぎゅうぎゅうとしがみつかれる。

「おい、おれのことは誰から聞いた、……親、はどうした、迷子か? 助けてって誰からだ、」
「ひ、」

 矢継ぎ早に尋ねるおれが怖かったのか震えて肩に顔を伏せてしまって反省する。ガキに八つ当たりなんて最低だ。抑えきれない激情を深呼吸してどうにか落ち着かせる。落ち着くわけがないのに。それでもこの子どもにとっておれと女の事情は関係ない。関係ない、から、八つ当たりなんて論外だ。この子どもにとっておれは、ただ市民を守る海軍でしかない。

「怖がらせて悪かったよ、……なァ、おれはどうしたらいい?」

 わかってるのに、どうしたってそっくりな子どもに縋ってしまう。あの時言えなかった言葉が、生き写しの子ども相手に情けなくもぽろりと零れ落ちた。お前と別れる前にこれを聞けてればよかったのに。どんなに情けなくても、かっこ悪くても、プライドを捨て去って、どうすればお前と別れる道を選ばなくて済むか尋ねてみればよかったのに。そうすれば今この腕の中に抱いている子どもは、おれを選んできてくれたか? そんな馬鹿げた考えを巡らす自分に吐き気がした。
 助けを求める子どもを放置して自分のことばかり考えるおれじゃやっぱりあいつのことを幸せになんてできなかった。おれ以外の男なら誰だろうとずっとマシで、あいつを幸せにしてくれる。馬鹿みたいな思考回路を切り捨てて、目の前の子どもに向き直った。おれは海軍で、目の前にいるのが誰だろうと市民を守るのがおれの仕事だ。隣であいつを幸せにできなくても、世界が平和になればみんなを幸せにできる。あいつも、あいつの子どもも、みんな。職務をただ全うするだけでいい。ぐちゃぐちゃに心臓を刺されてもあいつの幸せのためとそう言い聞かせて再度、今度は海軍として口を開いた。

「なァ、誰から助ければいいんだ?」
「へんな、ひと」
「変な人?」
「そのひと、わたしのこと、ちっちゃくしたの、」

 肩に伏せていた顔をあげたから間近で視線が混じり合う。ちっちゃくした……?

「たすけて、すもぉかーくん、いまこどものすがたになっちゃってるけど、しんじて、」

 すん、と涙で声を滲ませながら必死に話す言葉の意味がじわじわと脳に広がっていく。じゃあお前がおれの名前を知ってるのは、別れた男の名前を自分の子どもに教えたからじゃなくてお前はお前自身だからおれの名前を知ってるだけで、お前が生き写しなのはあいつが誰かと作った子どもじゃなくてお前そのものが縮んだからそっくりなのも当然で。せっかくひとりの男としてじゃなく海軍として切り替えたはずの頭がぐるぐると回転して壊れた結果、勝手に口から言葉がこぼれ落ちる。

「おまえの、なまえ、」

 紡がれた答えは隣に男が居ると思ってもなお心から追い出すことのできなかった女の名前。