タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/09/19 ゾロ
さざなみが湧き起こる・肩口に鼻を埋めて・20年後も変わらず
※40歳ゾロ


 ふ、と過去の遠い記憶を思い出したのは、新聞に懐かしい名前と顔を見つけたから。世界一の大剣豪、新たに誕生の見出しと共にロロノア・ゾロの歴史が一面どころか今日の新聞を乗っ取る勢いで載せられていた。懐かしさに思わず笑みが溢れてしまう。そっと指でゾロの左目をなぞる。皺が増えていて、それから、私の知らない傷。私を見つめる両目しか知らない。その両目も痛いほどまっすぐ見つめてくるから変に照れてすぐそらしてしまっていた。もったいないことをしたな、と後悔したのも遠い思い出。二十代の時にはもう片目が失われていた。知らないことの方が多い。怪我を負ってしまったことには胸が痛むけどそれでもゾロの両目に映ったことのある人間はきっとそう多くなくて、そう考えるとほんの少しだけ優越感に浸ってしまう。こんな考え方をする女だということがバレてしまっていたのかな。
 だから、行ってきます、といつものように出掛けて、なのにいつまで経っても戻ってこなかった?
 一人住んでいた場所に押しかけてきたゾロは大きくてかさばって邪魔だった。だけどいざいなくなると、一人住んでいた頃に戻っただけなのに部屋が広く感じてとてつもない寂しさに襲われたのも遠い過去のこと。いくら待ってもゾロは戻ってこない。知らない間にフラれてしまった。そもそも恋人だったのかどうかもわからない。ゾロにとってはしばらくこの島に住むのに衣食住が簡単に手に入れられる場所だっただけで、次の島でもそういう女の人がいて、きっとゾロはそういう渡り鳥のように生きる男の人だった。甘やかな空気が流れることはたくさんあったけど、明確に言葉にしたこともされたこともなかった。好きだよ、と言っていれば何か変わったのかな、なんて思ったこともあるけど、いなくなってからゾロが特別だったことに気付いてしまったんだからそんな想像意味なんてなくて、若い恋のむずがゆさに頬を緩ませてゾロの片目の傷から伸びる笑い皺に指を滑らせる。
 私の知るゾロは皺なんてひとつもなくて、笑い皺なんてできるのが想像できないくらいあまり笑わない人だった。たまに何かがツボにハマったのか大笑いしてびっくりすることもあったけど、体の筋肉はあんなに酷使するのに顔の筋肉は滅多に使わないから老けないだろうな、と思ったのに。戦いでついた傷も多いけど、たくさん笑った勲章も顔いっぱいにあらわれていて胸が暖かくなる。夢だった世界一にもなれて、笑い皺ができるほど笑顔を絶やすことのない仲間にも恵まれて、今のゾロが幸せなことに心の底から嬉しく思う。若かりし頃の恋を思い出してなんだか体まで若返った気がした。ゾロを見習って私も何か挑戦してみようかな、なんて気持ちになりながら朝食の準備をしようと名残惜しく感じながら新聞を閉じたのと、玄関の扉が開く音がしたのはほぼ同時だった。

「ただいま、……はァ……くそ、やっと見つけた」

 大きく通る声で聞こえた挨拶は、長年一人暮らしをしている私には聞き馴染みがなくて中途半端に腰を浮かせたまま固まる。聞き馴染みがない、はずなのに、その太く重たい声の持ち主が誰なのか一瞬でわかってしまって固まった体を無理矢理再起動して振り向けば今さっき指でなぞっていたはずの顔。二十年前に行ってきますと言ったきり戻ってこなかったゾロが、二十年の月日なんてなかったかのように当たり前にただいまを口にして混乱する。だけどゾロの左目は私の知らない傷跡があって閉じていて、体付きだって二十年前とは全然違う、二十年私たちは他人だったのに、あの日の続きのようなただいまに感情が追いつかなくて立ちすくむだけ。

「引っ越すんなら連絡しろよ」

 ごつ、と重たい足音を響かせて私の元へ近寄ってくるから戸惑って目が泳ぐ。二十年の空白なんてないかのように話しかけてくる。ごつ、と鈍い足音が止まって、少し身動ぐだけで触れてしまいそう。

「おい、聞いてんのか? ……、」

 ゾロの視線がさっきまで読んでいた新聞に移ってようやく自然に呼吸ができた気がした。ふふん、とゾロから吐息のような笑い声が溢れて、二十年前にちょっと一緒に暮らしていた男の人の記事を大事にとっていたかのようなシチュエーションに小っ恥ずかしくなってしまう。本当にたまたまなのにそれをわざわざ説明して隠したりなんかすれば余計に必死になっていると思われてしまいそうで口を閉ざすことしかできない。なんだってこのタイミングで、……それも、ただいま、だなんて。あの日ゾロは帰ってこなかったのに。

「おれのこと嫌いになったから、引っ越したのかと思った」

 訳のわからない感情に自分でも追いつけないままの私の体がふわりと動いて硬い何かにぶつかって息を呑む。焦った、と耳元で声がしてゾロに抱き寄せられたんだと気付いた。ぎゅうっと痛いほど抱きしめられて呻くこともできない。

「嫌いだったらおれの記事なんか見ねェよな?」

 そっと力を緩めて間近で片目が私の目を貫いて、もう力任せに抱きしめられてなんかいないから自然に呼吸ができるはずなのにその目に見つめられると息の仕方を忘れてしまう。

「なァ、……いつもみたいにおかえりって言ってくれよ」