タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/09/24 ロー
熱に埋もれる・ぬるくなるミルク・思いの中に囚われる


「かわいいね」
「……黒足屋はいつもよくやるよな」

 熊が描かれたラテアートに気付いたらしい女が隣の席に腰掛けながら笑うから医学書から視線をあげてこれを差し出されたついさっきのことを思い返す。男女で態度は変わるものの料理のこととなると異常に甲斐甲斐しいのはあの男の生態だ。でもこれは客人をもてなしたいという底無しのお人好しというよりも、トニー屋を喜ばせたいの方が正しい、はずだ。そうでなければ死の外科医と呼ばれているにも関わらず熊が描かれた珈琲がお似合いだと馬鹿にされていることになる。男に対する態度は死ぬほど悪いがあの料理人が料理に関することで人を小馬鹿にすることなどないだろうし、案の定トニー屋がおれのマグカップを見て年相応のはしゃぎっぷりを見せていた。おれを馬鹿にしているならともかくおれをダシにクルーを喜ばせたい行為に目くじらを立てるほど器は小さく無い。トニー屋は自分を描いてもらったんだとおれに自慢気に見せてきて、おれはそれになんて答えればいいのかよくわからずにああだのうんだの生返事になってしまった。

「おまかせも可愛いけどお願いすれば好きなの描いてくれるんだよ」

 すごいよね、と言いながら笑う女の手にもマグカップがあって、子どもだけじゃなくて全員に描いてんのかあいつ、と尊敬を通り越して呆れてしまう。おれにまで描いたのはトニー屋がそばに居たから二種類見せて倍喜ばせようとしただけで、大人は基本的に描いてないのがデフォルトだと思ってた。じゃあやっぱりこの熊はおれに似合いだと思って描いたのかあの男。馬鹿にしてないのはわかる。わかる、が、ファンシーな熊はこの風貌の海賊に出すものじゃないだろう。

「……なんで熊」
「ベポくんじゃない?」

 思わず考え込んでついて出た疑問はすぐに横から答えられた。ああ、と納得して、それをベポと認識した瞬間、形を崩しにくくなった。飲みにくいな。おれですらこう思うんだから自分を描いてもらったトニー屋なんてもっと飲みにくいんじゃないのか。

「かわいいね」
「まあ、……そうだな」

 ベポはこんな可愛らしい系ではなくもう少し男前だと思うが、言われてみれば確かにベポだ。なんで渡された瞬間に気付かなかったんだろうと考えて、そりゃこれがおれに起因する何かだと思わなかったからだよと呆れる。トニー屋を喜ばせるために動物繋がりになっただけだと思ってたから、おれからこのファンシーなものを連想されるとは思わなくて、それで。

「……お前は何を描いてもらったんだ」

 えへ、と笑いながら持っていたマグカップを隠すように口元へ持ち上げるから眉を顰める。わざわざ隣に座りにきたくせに今更隠す必要はないそれを隠されて少しだけ苛立つ。黒足屋のことだ、リクエストしなければどうせ女のそれにはハートやらなんやらが散りばめられてるんだろう。恥ずかしいのは上滑りする黒足屋の口説きであって、それを飲んでるお前じゃないんだから隠す必要なんてないくせに。笑いながらいつものことだよと見せればいいのに、そうやって照れて隠せば隠すほど上滑りした口説きなんかじゃなくお互い受け入れているようでおかしな気持ちになって眉間に皺が寄る。

「……まあいっか」

 散々照れて渋っていたくせに、ベポに視線を向けた瞬間なぜか急に見せる気になった女に瞬く。ことんとベポの横に置かれて見えたそれに首を傾げる。なんだ、おれたちと一緒で動物じゃねェか。ハートやらなんやらそういったものを描かれているせいで見せるのを照れていたと思っていたのに、なんで動物を描かれてそこまで照れる必要があるんだ。おれのような大柄な男が渋るのはわかるが、トニー屋のような子どもや、お前みたいな女なら、別に恥ずかしがるようなことじゃないだろう。

「トラ、ではねェな。チーターか、ジャガー、……ヒョウ、」

 ベポの横に並べられたそれを見て考え込むおれに、ふふ、と楽しそうに笑う声が降ってきて視線を移す。さっきまであんなに照れていたくせに急に心変わりをしたのが意味不明だ。とりあえず猫科だということはわかる。当たり前だが黒足屋の腕が悪いわけではない。白と茶色でしか描けないそれは似た柄の動物が何種類もいる場合わからなくても仕方がない。

「もったいなくて飲めなくて」

 答えを言う気はないらしい女が案の定飲みにくくなってることに思わず鼻で笑う。この調子じゃトニー屋も今頃うんうん唸ってるんだろうな。

「せっかくサンジくんが嫌がりながら描いてくれたんだから一番美味しい時に飲まないとだめなのはわかってるんだけど」
「……あ? 嫌がりながら描いたのか」

 別に嫌がる要素なんてないだろ。おれがこれを描けと注文されたら無理だし嫌がるが、器用でプロな黒足屋がこのリクエストを嫌がる理由がわからなかった。女の言うことならなんでも快く引き受ける締まりのない男が嫌がる訳もわからない。

「なんでこんなのがいいんだよォって泣いてた」
「……黒足屋は猫科が嫌いなのか」
「ううん、オスが嫌いなの」

 くすくす笑って付け足されて情報に余計に訳がわからなくなる。あの生態の男だから一瞬それで納得しかけそうになったが呆れ返る。ただの絵で、ただの動物だぞ。

「黒足屋は思った以上に馬鹿なんだな」
「まあサンジくんも大袈裟だけど馬鹿じゃないから嫌がって泣いたんだよ」
「……はあ?」
「だってサンジくんは気付いたんだもん」

 笑いながら猫科の動物がベポから離される。勿体無いなあ、と呟きながら口元へ運ぶ姿をじっと見てもやっぱり何もわからないままで首を傾げることしかできなかった。