タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2023/09/27 ゾロ
今ならしんでもいいよ・奇跡なら自分で起こす・君よ永遠なれ


 ばしゃん、と恋人たちの座る隣の席から水音が聞こえて思わず視線をやって気まずくなる。明らかに痴情のもつれだった。下卑た野次馬にならないように慌てて視線を逸らしても耳だけは塞ぎきれなくて、別れる!と大きな声で叫ぶ声と、割れるんじゃないかってくらいの派手な音を立てて置かれたグラスの音に一切関係ない身分のくせになぜだか身を縮めて申し訳なくなってしまう。水を掛けた側がレジにお金を叩きつけてどたばたと店を出て、一拍置いてから気を取り戻したのか慌ててそれを追いかける足音までしっかり耳は拾ってしまってせっかく頑張って視線は逸らしたのに耳は野次馬根性を発揮してしまったことを反省した。
 勝手に気まずさを感じて俯かせていた視線をあげた私と違って、入店の時から一切態度の変わらないゾロがマイペースにランチを食べている姿に思わず和んで笑ってしまう。今隣の席で修羅場が起きたんだけど気付いてる?

「……やっぱものたりねェ」
「あは、追加で何か頼む?」

 私が選んだカフェは恋人同士で来るような可愛らしいカフェで、がっつり普通にお昼ご飯を食べたいゾロには案の定物足りなかったみたいでメニュー表を手渡した。他の恋人たちと違って甘い空気とは縁遠い席だけど、それはゾロを知らないからそう見えるだけで、文句を言いつつもゾロがこの場についてきてくれるだけでじゅうぶん恋人の私に甘い対応を見せてくれていて愛されているとわかるから不満なんて湧かない。

「さっきのやつ、」
「ん? さっきゾロが頼んだのはこれだよ」
「あ? ちげェよ」

 違くないんだけど。最初に頼んだ時も考えに考えて一番ボリュームのあるメニューを選んだから、ついさっきのことだし間違えないよ、とゾロが持つメニュー表を指差して言ったのに否定されて思わずムッとする。ゾロを見上げればメニュー表を持つだけ持って視線を落としてなかったから瞬く。さっきのやつ、ともう一度口にしながら顎で指し示された場所は、さっきの修羅場が起きた恋人たちが座っていた隣の席。まだ店員さんが片付けに来ていなくて水浸しになっている机にその瞬間をちゃんと目撃したわけではないとはいえさっきの修羅場を思い出して気まずくなる。

「あいつ、水ぶっかけた程度で別れられると思ってんのか」

 下卑た野次馬なんて一番嫌いそうなゾロがまさか隣の修羅場のことを口にするとは思わなくて顎が落ちそうになった。ぱちぱちと何度瞬いて見ても目の前にいるゾロは幻覚とかなんかじゃなくてちゃんと本物のゾロで、下世話な話題に突っ込んだことが衝撃で言葉は聞き取れてもちゃんと頭で処理できなくて固まった。そんな私を呆れたように見てもう一度同じことを呟くから脳が再起動する。

「そ、……そりゃ、……まあ、お水かけたのはいけないと思うけど、一度は好きになった人相手にそこまでするってことはよっぽど決意も固そうだし、追いかけられてたけどアレはもう無理だと思うけどな……」
「お前も別れられると思ってんのか?」

 下世話な野次馬になってることが申し訳なくて思わず声を顰めたのにゾロはいつも通りの声量で話すから、さっきの当事者がもうこのお店にいないとはいえ申し訳なさでいっぱいになってしまう。ゾロは私の答えに驚いたように目を瞠ったけど、そもそもなんであの修羅場を気にしてるんだろう。ゾロ、他人の恋愛なんて興味ないでしょ?

「別れられると思うっていうか、……普通に無理でしょ」
「なんで水ぶっかけた程度で別れてくれると思うんだよ」
「や、なんでって、……うーん、……かけた方も愛想尽かしてると思うし、反射的に追っかけちゃってるだけで冷静に考えたらお水かけられたらかけられた人も相手のこと嫌いになっちゃうでしょ」

 わかんないけど。だって本当に見ず知らずの人だし。隣で修羅場を起こしたふたりの気持ちなんてわからないし、今目の前に座ってるゾロのこともわからない。

「おれは無理だぞ」
「なにが?」
「お前に水ぶっかけられた程度で別れてやれねェ」
「……え」

 無理だろ、普通に考えて。あいつもとろとろしてねェですぐ追いかけろよな。立つのがおせェんだよ。まああの足だったら店出て五メートルも行かずに捕まえられるだろうけどよ。油断すんなよなァ。ぶつぶつと呟いてから自分は言いたいことを言い切ったとばかりに混乱する私をほったらかしにしてまた視線をメニュー表に戻すゾロを見つめることしかできない。

「さっきも思ったがチョッパーが喜びそうなのばっかだ」

 そんなことより、と急に話題を転がされても困る。ゾロは言いたいこと言ってスッキリしたのかもしれないけど私はまだちょっと混乱してるし、ゾロの言葉はわかるけど意味がちゃんと測りきれてないから話変えるのやめて。

「ね、ねえゾロ?」
「あ? なんだよ」
「私とゾロが喧嘩したとして、ゾロだけが悪いわけじゃないのに私が一方的に水かけたら腹が立つでしょ?」
「……いやたぶんおれがなんかしたんだろ、そんくらいでお前の気が済むなら別に……」

 濡れるくらい安いもんだろ、と気まずそうに頬をかく姿に驚く。本の中の王子様のようにわかりやすい甘い言葉や態度こそないものの愛されてる自覚はあった。でもそんな酷い仕打ちを一方的に受けても許してくれるくらい愛されてることはわかってなくて狼狽える。もとよりそんな酷いことしないけど、もしゾロだけが悪い喧嘩をしたとしても絶対に水はかけたりしない、なんて改めて誓って、いやそんな問題じゃなかったとかぶりを振る。

「や、駄目でしょ、もしゾロが何かしてたとしても私がそんなひどいことしたら冷めてもいいよ、っていうか冷めるんだよ普通」

 ぴんとこないのか不思議そうに私を見つめるゾロに、私が何しても好いたままでいてくれるつもりなのかと実感してくすぐったい気持ちになってくる。ゾロにも恋は盲目ってあるんだなあ、なんて嬉しくなって頬が緩んで仕方がない。でもだからってそんなゾロの好意にあぐらをかいて本当にいつか冷められたら嫌だから、緩む頬を両手で揉み込んで気を引き締めた。つもり。えへ。やっぱり嬉しいな。

「……ああ、通じてねェなこれ」
「うん?」

 なにが? ゾロに思いの外好かれてるのはちゃんと今通じたよ。なんて、口にするのはちょっと照れ臭くて濁してしまう。

「水ぶっかけた程度じゃ別れねェぞ」
「うん、さっきも聞いたよ」
「だから……、」

 はあ、とため息を吐くゾロにまた頬が緩みそうになる。あわよくばもうちょっとわかりやすい言葉で好意を伝えてくれるかな、なんて欲を出して先を促した。

「おれと別れたきゃおれを殺すしかねェぞ、ってことだ」