タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
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2023/10/26 スモーカー
か細い声が耳に残る・火傷する舌・20年後も変わらず
※なんでも許せる人向け
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「す、……すもー、かー、……くん、のお父さんだったりします、か」
「おれがスモーカーだ。……これまた懐かしい姿のお嬢さんが現れたな」
これが一番手っ取り早い確認方法だろうともくもくと白い煙が体を溶かしてまたしっかりと人間の形に戻った。戻った、はずだけど、その姿は私の知ってるスモーカーくんじゃない。スモーカーくんがひとまわりかふたまわり歳を重ねたような姿をしていて、突然入れ替わるように目の前に現れたその人物に思わず一歩後退る。スモーカーくんなのはモクモクの実を使えたことからも疑いようのない事実で、疑ってるつもりはないけど、それでもやっぱり、やっぱり違う。だってスモーカーくんは、こんな穏やかな空気を纏っていない。目尻に皺を浮かべて優しく微笑むところなんて一度も見たことない。優しいけどいつもぶっきらぼうで突き放すように聞こえる声がこんなに柔らかくなるなんて知らない。
「ほ、ほんとに、スモーカーくん?」
「……おれってわからねェほど老けこんだか?」
失礼な私に苛立ちもせずただ顎を撫でさすりながら困ったように笑う姿に動揺する。目を合わせられなくて逸らした先は顎を撫でていた手で、その指にきらりと光る何かが見えて息を呑んだ。
「け、け、……けっこん、してる、」
「……ああ、……その驚き方はおれが結婚してることに純粋に驚いてんだよなァ」
「や、やっぱりにせもの、」
「本物だ」
だってあんなに仕事一筋で、恋愛なんて眼中にない人が、結婚なんてするはずない。薬指に落ち着いている指輪を嬉しそうに反対の手で撫でてそんな愛しいものを見るような目で見るスモーカーくんは偽物としか思えなくて、だけどやっぱり目の前に立っているのはスモーカーくんで、頭の中が混乱して立っていられなくなりそう。
「れ、れんあい、できたんだ……」
「お前今いくつだ」
頭がパンクしているせいで耳に入った言葉を特に何も処理せず聞かれたままに答えを口にした私にげらげら大口をあけて笑うから、知らない姿にまた一歩後ずさってしまう。お腹を抱えて苦しそうに息継ぎをするスモーカーくんを恐る恐る観察しても、どれだけ偽物に見えても体がほんの少し煙になるほど笑いすぎているその様相はスモーカーくんでしかあり得なくて何度も瞬きを繰り返すことしかできない。
「……はー……、悪い、お前を笑ったんじゃない。昔のおれの無様さを思い出しておかしくなっただけだ」
「そんなふうに笑えるんだ……、あっ、ご、ごめんなさい」
スモーカーくんだけど随分と年上のスモーカーくんに頭がきちんと回らないせいで失礼なことをそのまま口に出してしまって慌てて謝ってもひらひらと手を振って私の無礼を全く気にしない姿にまた狼狽える。いつだって怒られたことなんてないけれど、だからって私の軽口にこんな風ににこやかに受け流されたことは一度だってなかった。いつも機嫌が悪そうにむすっと眉間に皺が寄っていて、笑顔なんて一度も見たことがない。
「あん時ゃ海賊どものせいでぴりぴりしてたからなァ」
「……、」
「まあでもそろそろ腹括る頃だ」
「?」
「なんでもない、こっちの話だ」
楽しそうに笑うせいで気にするなと言われても気になってしまう。どうしてそんなに柔らかくなったんだろう。やっぱり恋は人を変えるのかな。あのスモーカーくんですらこんな風に変わってしまう恋がなんだか怖くてその柔らかな視線から思わず目を逸らした。
「けっこん、……いつしたの?」
「そのうちわかる」
「そりゃ、そう、だけど」
「気になるか?」
優しい声音で尋ねられて俯いたまま素直に頷く。だって、きっとスモーカーくんが柔らかくなったきっかけは、たぶんその人だから。どんなふうに出会って、付き合って、結婚して、いつからスモーカーくんがそうなったのか、気になってしまう。答えてくれないスモーカーくんに焦れてちら、と視線をあげればまたあの柔らかい視線とぶつかって固まる。
「楽しみに待ってろ」
スモーカーくんの大きな手が私の頭にぼふっと乗ってわしわしと撫でられた。迷子の子を泣き止ませるためによくするのを見てたからわかる、完全に迷子扱いだ。今のスモーカーくんから見れば今の私は迷子そのもので、態度は変わってしまったけれど優しい本質は何も変わってなくて、それを実感した瞬間ほっとする。いつもびいびい泣いて登場する迷子がスモーカーくんの強面にまたぎょっとして更に泣いてぶっきらぼうな態度に怯えても、結局いつも最後はスモーカーくんから離れがたくなるほど懐いてしまう子どもの気持ちがわかってしまった。
「……おいこら、保護者見るような目で見んじゃねェ」
「えっ」
気が抜けた瞬間、スモーカーくんに突き放されてショックを受けてしまう。
「いやまあ今のおれはお前より幾分かオッサンだから仕方ねェけど、いくらなんでも昔のおれが可哀想だろ」
「??」
「…………まあ自業自得か、」
仕方ねェな、と謎にひとりで納得したスモーカーくんにぐしゃぐしゃにされた髪の毛を撫でつけられて瞬く。その動作は初めて見る。私の知ってるスモーカーくんの手よりふしくれだった手が私の乱れた髪を丁寧に元の位置に戻そうとしていて顔を覆う大きな手の影からちらちら見えるその指捌きに首を傾げた。ごつごつとした指が細い髪をつまんでは別の場所に持っていくのを何度も繰り返している。
「……何してるの?」
「あ? 撫でたあとそのままだといつもお前がうるせェか、ら、……あー…………」
「私がうるさい……?」
歳を重ねたスモーカーくんからすれば今の私はまるきりただの迷子だから安心させるために撫でられただけで、普通のスモーカーくんの前で私が迷子になることなんてないはずなのに。頭の上に乗っかった手を退けて、しまったとでもいうように口元を覆ったスモーカーくんが不思議でじっと見上げる。
「…………まあそのうちわかる」
結局答えはくれなくて同じ言葉を繰り返したスモーカーくんに質問を重ねようとしたのに、ぼふん、と目の前が白い何かに包まれた。驚いて瞬きをした瞬間、歳を重ねたスモーカーくんじゃなくて、いつものスモーカーくんが現れて目を見開く。それはスモーカーくんも一緒で、いつもむすっとして眇めている目が大きく見開いていた。どこか焦っていたスモーカーくんがものすごい勢いで私の両肩を引っ掴んだから思わず呻いて、スモーカーくんの力が緩まった。
「お、まえ、……いままでどこに、」
私が歳を重ねたスモーカーくんと会っている間、いつものスモーカーくんの前からは消えていたらしくその焦り方にものすごく心配をかけていたことがわかって申し訳なく思う。申し訳ない気持ちは本当なのに、私の頭はさっきのスモーカーくんの不思議な言動に気を取られていてそこから前に進めない。だからつい、私を探して憔悴しきっている目の前のスモーカーくんにそれをぶつけてしまった。今のスモーカーくんに歳を重ねたスモーカーくんのことを聞いたって未来のことなんだからスモーカーくんだってわからないことはわかっているのに、それでも口をついて出てしまう。
「スモーカーくん、私の頭撫でたことある?」
「……あ? ……あるわけねェだろ、」
そうだよね、とまず大前提からおかしくて、首を傾げてしまう。スモーカーくんに頭を撫でられるのはさっきみたいに特殊な状況下でしかありえないことで、だから、そもそも撫でられないんだから私がうるさくなることなんてないはずなのに。
「……今までどこにいたんだ、急に目の前から消えて、また現れて、おれがどれだけ肝を冷やしたか、お前わかってんのか、それなのにお前はふざけたこと抜かしやがって、くそ」
「未来のスモーカーくんと会ってた」
「あァ?」
考え事をしていたせいで間の抜けた答えになってしまったのかもしれないけど、そうとしか言えなくて口籠る。
「スモーカーくん、結婚してたよ」
「……誰と」
スモーカーくんのただでさえ深い眉根にぎゅ、と皺が寄って思わず笑ってしまいそうになる。
「そのうちわかるって笑われて教えてくれなかった」
「…………それ本当におれか」
本人すら疑うから抑えきれなくて少し吹き出してしまった。瞬間、冗談言ってんじゃねェぞ、と海賊を追い詰める時のような凄みを効かされてきゅっと表情を引き締めて冗談じゃないと改めて真面目に伝える。嘘をついてるのかついていないのか見極めるようにじろじろと見分されて、スモーカーくんの中で無罪の判決が下されてほっとした。そんな私以上にどこか気の緩んだスモーカーくんが大きなため息をついて首を傾げる。
「……結婚できるのか」
嬉しそうに呟く姿に瞬いた。
「……スモーカーくん、今もう好きな人いるの?」
「……うるせェ、そのうちわかる!」
スモーカーくんの態度からうかがえる衝撃の事実に思わず疑問が口からこぼれ落ちる。しまった、と口を覆う姿は今日二度目で、だけど目の前のスモーカーくんは瞬いた瞬間に消えることなんてなくて疑問をそのまま置いておかないで済む。なのに今のスモーカーくんも結局歳を重ねたスモーカーくんと同じことを吐き捨てて踵を返して逃げたから、慌ててその大きな背中を追いかけた。
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