タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2024/01/04 スモーカー
凍土に眠る恋心・恋に落ちるギリギリ一歩手前・サイズの合わない指輪


「……バレてるよね」
「何が」
「心臓の音」
「……まあ」

 ごめんね、と恥ずかしそうに頬を染めながら謝られて眉を顰めたのもそう遠くない記憶で、別に謝ることでもないだろと適当に流したのも覚えている。会うたびにどかどかと大暴れする女の心臓を不快に思ったことは一度もなかった。なぜか毎回申し訳なさそうにするだけの女に、先に進む気はないのだなとおれも余計な藪蛇はつつかずにいたし、あいつもそれにほっとしていたから。好かれていることが丸分かりで、別におれだってこいつのことを嫌いなわけじゃないが、それでもだからってこの女と仕事仲間以上の関係になることの想像はつかないからお互い触れずにいた。はずだった。

「……うるさくねェな」

 報告を聞き終えて首を傾げた。仕事の時は仕事のことだけに集中してしっかり勤めを果たす切り替えのできる立派な心臓が今日は驚くほど穏やかだった。おれとの任務が最後だと仕事が終わったと油断した瞬間どかどかと大暴れする心臓は仕事の疲れをとるのにちょうど良い面白さだなと内心楽しみにしていたのに、その心音がずっと穏やかで眉を顰める。おれの言葉になんの話かぴんと来ないのか確かに今日は海賊も出なくて平和だねえと噛み合っていない相槌を打たれて首を振る。

「心臓の音、静かだな」

 伝わるように今度はしっかり言えば、ぱち、と瞬きを増やしてから納得いったように顔を輝かせるから話が通じたことにほっとする。

「今までご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません」
「あ?」

 わざとらしいほどに仰々しく頭を下げられて低い声が出ても怯えられることもなく上げられた顔は晴れやかで、正反対におれの眉間の皺が深まっていく。

「ずっとスモーカーくんのこと好きなの諦めきれなくって会うたびに心臓大暴れさせちゃってたんだけど、」
「……あ?」

 今までお互い触れずにいた核心に急に触れられて同じ音でも間抜けな空気が溢れて置いていかれる。そりゃ、あれだけ暴れられてたらいくら鈍いやつでも好かれていることには気付く。それでもお互い見ないふりをしてたのに、急に話題に出そうと思ったきっかけはいったいなんなんだ。

「心臓、普通になったでしょ? 長い間ごめんね、ずっと気まずい思いさせちゃって……、もう迷惑はかけないから安心して」
「………………おれのこと好きじゃなくなったってことか」

 言われたことを考えに考えた結果出た答えが口からそのまま出て女の目がぎょっと見開いた。それから頬を染めて何事かもごもごと紡ぎ出したがそれでも心臓の音は穏やかで、さっき言葉にしたことが事実なのだと悟る。

「いや、その、ちょっと照れる、……けど、……スモーカーくんにも迷惑かけてたと思うけど、私も色々支障あったから、どきどきするのが落ち着いてくれてほんとに助かったの」

 迷惑なんざかけられた覚えはひとつもなかった。ぺらぺらと楽しそうに話す言葉を耳に入れながら体温が冷えていくのを感じる。おれのことを好きじゃなくなったから、こいつの心音が穏やかになった。

「…………支障」
「どきどきしすぎてちゃんとスモーカーくんとおしゃべりできなかったから。ほら、これだけまともに話せてるのって久々でしょ?」

 いつも照れちゃって結構すぐ逃げちゃってたから、なんて笑いながら肩を竦める姿を見下ろす。言葉数が多い方じゃないし、こいつが話さなければおれから話題を提供することなんて滅多になくて、その度にじっと見下ろすだけのおれに心臓を爆発させながら会話を切り上げて逃げていたはずの女が、逃げずにまだおれのそばにいる。とくとくと穏やかな心音をさせる女と目が合って、いつもみたいに恥ずかしそうに目を細めるのに心音は爆発しないし逃げもしない。

「スモーカーくんも勝手に好きになられて困ったでしょ、ほんとごめんね」

 謝られても黙り込むことしかできない。仕事はきちんとこなすし、どかどかと心臓を大暴れさせておれの目の前に立つ姿も、別に謝られるようなことはなかった。好きだと全身で表してくる女と正真正銘仕事仲間のみの関係に戻った瞬間、違和感を覚える。いつか、心臓の音だけじゃなく、面と向かって好きだと言われるものだと思っていた。仕事仲間以上の関係になる想像がつかなくて困ったことはあれど、嫌だと思ったことは一度もなくて、……その瞬間、唐突に霧が晴れる。嫌なら困ることもなかった。嫌じゃないからその先のことを想像して勝手に困ってた。心臓を大暴れさせるのを楽しみにしてる時点で、こいつに好かれていることを喜んでいて、この女じゃなくどうでも良いやつに好かれていた頃のことを考えてその態度の差に頭を抱えそうになる。答えは簡単だったはずなのに気付かけなかったせいで、おれのことなんてもう吹っ切れて心音は既に穏やかに凪いでいる。正反対にもう一つの心臓は今までなんともなかったくせに自覚した瞬間どかどかと大暴れをはじめていて、なのに、耳が良いのはおれだけだから目の前の女には伝わらない。伝わったところでもう遅い。目の前の女はおれのことを好きじゃなくなった。

「………………好きじゃなくなったのか」

 今までとは逆転した心臓の音に、そうか、と馬鹿な男の目元を覆って息を吐き出すことしかできなかった。