タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2024/01/26 ロビン
逃げられないならぶつかるのみ・恋に落ちるギリギリ一歩手前・片側だけが上がったくちびる


「ロビンちゃん、大丈夫?」

 チョッパーにありがとう、と言って扉を閉めた瞬間、背後から聞こえた声に肩が跳ねそうになった。背後を取られたら即座に死ぬ。そんなふうに闇の世界で生きてきた私が、こうやって背後を取られて驚けるようになったのが嬉しくてばくばくと驚きに跳ねる心臓をおさえながら私を心配してくれた人に向き直る。振り返った瞬間伸びてきた手を避けようなんて気にはならない。だってこの手は私を絶対に傷付けないから。世界を敵に回しても私を守ってくれた人たち。その手が何をするのかわからなくてもぎゅっと目を閉じることができる。瞼を下ろして無防備な状態でこんなにも安心できるのが嬉しい。目を閉じた私の額に手が触れて首を傾げた。

「熱、はないね、よかった」

 その言葉と共に引かれた手に目を開けて、彼女が何を心配してくれてるのかがようやくわかった。保健室から出てきた私の体調を心配してくれている。

「心配かけてごめんなさいね、大丈夫よ。少し気になることがあったから来たんだけれど、とっても健康だったみたい」

 名医のお墨付き、と付け足しながらにっこり微笑めばようやくその心配が滲んだ表情が緩んで、その優しさにじんわりと心が温かくなるのがわかる。その温かさが額から離れることが寂しい、だなんて贅沢な気持ちを捨てようとしたのに、するりとそのまま手を握られたから瞬く。

「気になることってなあに?」

 まだ背後を取られた驚きが残っているのかどくどくとうるさくはしゃぐ心臓に、一瞬質問を聞き逃してしまった。ロビンちゃん、と不思議そうに私を見上げる目と視線が絡んで瞬きが増える。

「ええと、……その、」

 舌がもつれて言い淀む。ここ最近、よく現れる症状にまた振り回される。チョッパーに相談したのは、まさにこのこと。いつもはよく回る頭と口が、なぜだか最近とてもよく空回る。ぼんやりしてしまうことが増えて、そうかと思えば急激に心臓が脈打つことも。なにがなんだかわからなくて相談に来たけれど、体はとても健康で、今までずっと張り詰めていたから緊張が一気に解けて脳や体が休もうとしてるんだな、なんてすごく嬉しそうな結論に達したチョッパーに私もなんだか嬉しくなって部屋から出てきたばかり。だからそれを伝えたいのに、手に触れる体温にばかり意識がいってしまって思考回路がぐちゃぐちゃになる。

「ロビンちゃん?」
「……その、本当に大丈夫なのよ、ただちょっと、……たまに、その、……こんな感じになることが、あって」
「こんな感じ?」

 言葉に詰まる私に優しく何度も相槌を打ちながら促されてなんとか紡いでも、やっぱり今の私には支離滅裂な言葉しか吐き出せなかったみたいで二人の間に疑問符が飛び交うのが感じ取れた。

「……熱もないし、チョッパーが大丈夫って言うなら信じるけど、苦しかったり辛かったりとか、そういうのは本当にない?」
「ええ、……ない、わ」

 本当よ、と重ねて言った瞬間嬉しそうに微笑まれて私の頬もつられて緩む。本当よ、たまになんだかおかしくなってしまうだけで、嫌な気持ちになんてなったことない。ずっと幸せで、楽しい。

「よかった。あっ、そうだ、さっき電伝虫で話したんだけどローが近くにいるんだって。だから一応ローにも診てもらう? チョッパーが名医なのはもちろんわかってるんだけど、ローも一応すごいお医者様だしさ、ちょうどいいからちょっと診、」
「いやよ」
「え」

 ずっと暖かかった体温が急激に冷えていくのを自覚して、驚くほど冷たい声が出たことに自分でも驚いてしまった。私ですら私に驚いたのだから、目の前でそれを直接ぶつけられたらもっと驚くだろうし現に目を丸くして固まってしまっている。

「えっと、……ローと喧嘩でもした?」
「……いいえ、していないわ。だけど、いや」

 いや、と口に出せば出すほど、嫌な気持ちになって眉を顰める。さっきまであんなに幸せな気持ちでいっぱいだったのに、あれもそれも、何もかもが嫌になる。

「どうして名前で呼ぶの?」
「えっと、ロー、のこと?」
「どうして名前で呼ぶの」

 名前は大事なものよ。信頼していないもの同士は砂漠の時のように偽名で呼び合い、これ以上踏み込まれたくない時は役職で呼んだ。そして安寧の地をようやく見つけたから二度と離れたくなくて愛しい人たちの名前を呼んで、私の名前も温かい声で呼んでくれる。それが嬉しくて、幸せで、私が何十年もかけてようやく見つけた天国をどうして棚ぼたのように得ることができる人間がいるの。彼は何も悪くない。私たちの船長を助けてくれた恩人で、感謝もしてる。ドライを気取っているけれど愛情深いことも十分知っている。彼のことは嫌いじゃない。けれど、許せなかった。私たちには既に頼りになる医者がいるのに、よその医者を持ち出してきたのがいやだった。

「……ロ、……チョッパー以外のお医者さんには診られたくない?」
「……………………別に、腕を疑ってるわけじゃないのよ」

 でもいやよ、とまるでイヤイヤ期の子どものように駄々をこねる言葉ばかり繰り返し紡ぐのをやめられない。困ったように微笑まれて余計に子どもにかえってしまったみたいで視線を落とした。

「私だってチョッパーの腕を疑ってるわけじゃないよ。チョッパーが大丈夫だって言うなら本当に大丈夫だと思う。でもほら、どんな名医にも専門外はあるじゃない? チョッパーはどちらかといえば人間の中身に詳しくて、ロ、ええと、トラ男は外側のことによく気がつくでしょう? だから、ほら、念の為にね、」

 どうかな、と落とした視線を追いかけて覗き込まれた優しげな表情に、顎を引こうとした瞬間、私たち以外の気配が混ざり込んだことに気がついた。握り込まれたままだった手を引いて彼女を抱き寄せて戦闘態勢を取る。わ、と胸元に転がり込みながら悲鳴を上げる彼女を抱きかかえながら咲かせた花は一瞬で散らすことになった。

「……随分なご挨拶だな」

 ふ、と口角を片方わざとらしく吊り上げて嫌味ったらしく呟かれた気がするのは気のせいかしら。

「ロ、……と、トラ男! 早かったんだね、まだみんなに伝えきれてないのに、ふぎゃ」
「おい、なんでお前までそのクソみてェな呼び方になってるんだ」

 目を釣り上げて詰め寄ろうとしてくるから反射的にもう一度花を咲かせて距離を詰められないようにする。私とトラ男くんの間で板挟みになってしまった彼女はおろおろと私の胸元で視線を泳がせて、それでも私から離れようとはしないから気分がほんの少しだけ上昇する。

「チッ、……なんなんださっきから」
「や、やっぱりちょっとロビンちゃん変だよ、ローにも診てもらおう?」
「あ? ……調子悪いのか」

 一瞬で敵対心が霧散して医者の視線がぶつかって思わずたじろぐ。チョッパーもスイッチが切り替わる時があるけれど、その見透かすような視線は居心地が悪くなってしまう。チョッパーにも大丈夫だって言われてるもの、なんて、いつもならぺらぺらと口にできるはずなのに、胸の中にしっかり抱いた彼女が私のそばから離れずにさっき聞き齧ったばかりの私の情報を一生懸命伝えてくれる姿を見ていたくて、また思考回路が落ちてしまった。
 頷きながら聞いていたお医者様が、ハア、と呆れたため息をついたのが聞こえてさすがに顔を上げる。

「惚れた腫れたは医者にはどうにもできねェよ」