タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
← →
2024/02/01 スモーカー
どこにいけば君に出会えますか・奇跡なら自分で起こす・涙はいつか止まるもの
※なんでも許せる人向け
▼
「やるか?」
「ん!」
顔を合わせればほぼ毎回しているやりとりはどんどん簡略化されていって他の人が聞けばなんのことやらと首を傾げてしまうだろうな、なんて今更ながらおかしくて含み笑う。
「なんだ、自信ありげだな」
「今日の占い一位だったの」
さっき思ったこととはほんの少し違うけれど、頬が緩んだ原因のひとつでもあるから嘘じゃない。ごそごそとズボンのポケットにそのまま剥き出しで入れてたのかコインを取り出したその大雑把さに少し呆れながらもわくわくする。ぴん、と親指と人差し指を弾いて綺麗に高く飛んだコインがスモーカーくんの手と手に挟まれて隠された。
「一位なら運は良いはずだろ? ならオモテかウラか、おれが決めてもいいよな?」
「どうぞ」
一位の余裕を見せつけるためにゆっくり頷く。
「ウラだ」
私がオモテだね、と頷きあって二人でスモーカーくんの手に注目した。手の甲を覆い隠しているスモーカーくんのふしくれだった大きな手がゆっくり動いて見えたのは、
「オモテ!」
「……チッ」
舌打ちをしてコインを握り締めてさっさと歩き出したスモーカーくんの横へ足取り軽やかにつく。これが一位の実力だよスモーカーくん、なんてわざとらしく胸を張って笑えば、うるせェ、と小突かれた。
こんなやりとりを繰り返すようになったきっかけをふと思い出して懐かしくなる。今ではもう何に落ち込んでいたのかも覚えていないくらい些細なことで落ち込んでいた私を見つけたスモーカーくんが、私が落ち込んでいることに気付いているのか気付いていないのか唐突に自信満々にコイントスをふっかけてきながらあっさり私が勝ったのが始まりだった。自分からふっかけてきたのに負けたのが気まずかったのか飲み物を奢ってくれたスモーカーくんが面白くなってしまって落ち込みも吹っ飛んで、調子に乗った私は次の日スモーカーくんを見るや否やコイントスをしかけて負けてしまった。昨日の仕返しなのかなんなのか腹が立つほど勝ち誇った顔をしたスモーカーくんにムカつきながら、珈琲を奢ったのを思い出す。それが顔を合わせる度の恒例の儀式のようになって、今に至る。
「スモーカーくん、三連敗だね」
「こういうのは他でツキが回ってくるからいいんだよ」
「あは、負け惜しみだ」
「言ってろ」
揶揄えばぎろりと睨み付けられたけど勝者の私は痛くも痒くもなかった。
▼▼
おれのことを正義の塊が動いていると評した女には悪いが、おれだって嘘くらいつくことはある。海賊のクズ相手にはハッタリも使うし、そもそもおれには陶芸の他にカジノの趣味もある。ギャンブルにはイカサマがついて回るのが世の常だ。プライベートで遊ぶギャンブルだ、弱者をカモにしたりせず遊んでいるだけなら多少のイカサマは見逃すし、ハンデだと思って楽しむこともある。イカサマを見破れるということは、イカサマの手口を知っているということで、やろうと思えばおれにだってできる。ふ、と緩みそうになる口元をおさえて勝ち誇る女を横目で見やる。馬鹿だな。コイントスなんて、おれの能力でイカサマし放題なのに。手の甲に乗せたコインを覆い隠す手の内側だけを白煙にしてコインの柄をなぞれば、オモテかウラかなんて丸わかりで手の中でコインを動かすことなんて造作もない。おれとイカサマを結び付けることすらないその信頼を裏切って騙した数はもう両手の指じゃ足りなかった。
こんなことをし始めたのは見るからに落ち込んでいる女を元気付けようとしたのがきっかけだった。お世辞にも喋り上手だなんて言えないおれが思い付いたのは簡単なギャンブルで勝たせて気を逸らすことしか思いつけなかった。馬鹿な男がいきなりコインを弾いてオモテかウラかを尋ねるおれに目を丸くしながらも付き合う人の良さに呆れながら手の甲をほんの少し煙にして女の言う面を上にした。ぱっと開いたそのコインを見て目を何度も瞬かせながら不思議そうにする姿に、好きな女を笑顔にすることすらできない不甲斐なさに舌を打った。瞬間、空気が抜けたように笑われた。思った笑顔とは違ったがその笑みを絶やさぬようにと気を逸らし続ける為に負けたからと言い訳をしながら飲み物を奢って、すっかり落ち込んでいた影が消えたのにほっとしたのも懐かしい。次の日、調子に乗って笑みを振り撒きながらコイントスを仕掛けてきたから同じようにイカサマをして昨日とは違ってわざと負かせても悔しがる素振りは見せても落ち込みはしなかったことに本格的に昨日の落胆はちゃんと昇華できたんだなと改めて安堵したところまでは、本当に全く下心もなくただただその暗い顔を明るくしたいと願ったが故の善意からのイカサマだった。イカサマに善意も何もないが。まあ、善意だった。本当に。
だが、負けて悔しがりながらもおれから去らず、おれの腕を引いて売店へ女が歩き出した瞬間、善意は消え下心が生まれてしまった。さすがに二連続は勝てないね、なんて拗ねながら笑う女と話す時間が増えたことに気付いた。売店へ行って並びコップに入った飲み物を飲み干すまでの間、好きな女の時間を拘束できることに気付いてしまった。だから、落ち込んでもいないのに、励ます必要もないのに、三度目のコイントスを仕掛けた。鬱陶しがる素振りも見せず、勝っても負けても女の方から売店へ歩き出した背中を見て調子に乗ってしまった。
三連敗したおれを揶揄う女に拗ねたフリをしながら横目で見る。馬鹿だな。コイントスに勝っても負けても、おれにとってはこの時間自体が大当たりなのに。こいつを勝たせれば拗ねたフリをするのが難しい。このコイントスに付き合ってもらうだけでおれにとっては勝ちで頬が緩んでしまいそうになるから。こいつを負かせて悔しがる姿を見て遠慮なく口角を上げて小突かれる方が楽だ。それでも勝った時に見せる笑顔が好きで、つい甘やかして三連勝もさせてしまった。さすがに次はおれが勝たないと疑われる気がする。あまりにもおれを信用している女がどこまでおれを疑わないかを一瞬試してみたくなったが、せっかく得られたこの時間を失うかもしれない馬鹿げた賭けはしないに限る。
← →