タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2024/02/10 ロー
残された希望・恋に落ちるギリギリ一歩手前・答えは見つからなくても
※なんでも許せる人向け


「船に女がいんの羨ましいなァ、おれにも一晩か、」

 この島の治安が最悪だということは酒場に入った瞬間から舐め回すようなじっとりとした不愉快な視線が体を這って理解していたけれど、隣にキャプテンがいたから油断しきっていた。だけどいつも聞く下品な言葉が耳に届かずに風が吹いて首を傾げた私の視界に、口の中に刀を突き刺された男が目に入って驚く。下品な言葉が途中で止まったのは、キャプテンが鬼哭をその男の口に突っ込んだから、で、さっきまでガヤガヤとうるさかった酒場が一瞬にして静寂に包まれた。

「お前の人生にこの先、口は必要ないようだな」

 大きな声ではなかったけれど、体に響く威圧感にそこかしこで息を呑む音が聞こえて固まる。口の中に刃物を突き立てられたら普通は即死なのに、キャプテンの悪魔の実は即座に命を刈り取る物ではないから幸か不幸か命乞いができる時間がある。けれど今回は口の中に刃が突き立てられているから命乞いの言葉が不明瞭で何を言っているのかさっぱりわからない。は、と笑うように息を吐き出す音がキャプテンから聞こえて、びく、と男の肩が揺れた。

「一度だけチャンスをやる。何を言うべきか、わかるよな?」

 長い鬼哭が男の口から解放されて、腰を抜かした男を軽く蹴り飛ばして先を促すキャプテンを当事者のくせに見守ることしかできない。

「わ、悪かった、あんたの女だなんて知らなかっ、」
「お前に口は必要ねェな」

 きゃんきゃん喚きながら謝る男より小さな声だったのに、キャプテンの声の方が強く響いて、ごとん、と何かが床に落ちる音がした。男の口を真っ二つにするように顔を斬られて、上唇から上の部分が床に落ちた音。一拍置いて酒場の客が悲鳴をあげて逃げ出したことに少し申し訳なく思いながら、何が起きたのかわからないまま瞬きを繰り返す男の顔半分を見下ろしてほんの少しいい気味だ、なんて思った。

「謝る相手はおれじゃねェよ」

 キャプテンは優しいから、結局こんなゴミ相手でも命までは取らない。そろそろ終わりかな、とキャプテンに近付こうと一歩踏み出した瞬間、視界の端が輝いて瞬く。照明に当たって眩しく光るのは鬼哭の刀身がいまだに鞘におさめられずに振り下ろされているから。悲鳴を上げるべき本人の口は真っ二つに裂かれていて、だから、あがった悲鳴は私のもの。鬼哭がぴたりと止まってゆっくり振り向いたキャプテンの表情は静かな怒りで満ちていて、私が怒られているわけでもないのに心臓が止まりそうになった。目が合って、何度か瞬いたキャプテンが不思議そうに首を傾げて、それから納得したように頷いて私のもとへ近付いてきたから、この惨劇が終わるのかと一瞬ほっとしたのが間違いだった。

「…………ああ、悪い。お前の手で仕留めるのが道理だよな」

 私の手を取って、私の手ごと鬼哭を握り直したキャプテンにぎょっとする。されるがままに体を引かれる。床に落ちた目がぼろぼろと涙を流しながら私を見上げて、ひ、と引き攣った音しか上げられない下唇から下についた体は腰が抜けたのかその場から少しも動けていなかった。背後から優しく手を握りしめられているだけなのに振り払えないのは、許されるならこうしたかったからなんだろうか、なんてどこか冷静な頭で考えて首を振る。目の前の下劣な男は海賊としては正しい振る舞いだった。こうやって怒ってくれるキャプテンの方が海賊としてはおかしい。

「……キャプテン、もういいよ」
「よくねェ」
「キャプテンが怒ってくれたから、なんかもうすっきりしちゃった」
「しねェ」
「キャプテン、お医者さんでしょ? やるなら私ひとりでやるよ」
「………………、」

 長い沈黙のあと、これまた長いため息が聞こえて、私の手からキャプテンの手と鬼哭が離れて肩の力が抜ける。目の前の男もホッとしたのが若干気に障って、思わず頭の部分を思い切り蹴飛ばしてしまった。壁にごちんとぶつかった音に、ふ、と背後でキャプテンが笑う声が聞こえて振り返る。目尻を下げて仕方ないと言わんばかりに鬼哭を鞘に戻したキャプテンに、へら、と笑って誤魔化した。

「……わかった、帰るぞ」
「えっ! 情報収集は?」
「……誰に聞くんだよ」

 呆れた視線を向けられて慌ててきょろきょろと見渡せばカウンターの中の店主も誰もいなくなっていて口を開く。客がばたばたと逃げたのには気付いていたけど、まさか店の主人まで逃げていたなんて。でもまあ、元七武海の海賊が刀を取り出して騒ぎを起こしたら普通は逃げちゃうか。

「……海軍に通報されちゃってないかな、……ごめんなさい、迷惑かけて」
「お前が謝る必要はないだろ」
「怒ってくれてありがとう」
「礼を言う必要もない」

 勝手にしただけだ、と踵を返して歩き出したキャプテンに慌ててついていく。口が裂けて真っ二つになった頭を思い出して視線を向けたけど、くっつけてあげる気にはならなかった。