タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2024/02/19 ゾロ
唇の味・余裕は夜の向こう側・君との永遠


「お前ほんといい加減にしろよ」

 おれのことを危ないことから守ってくれる無口なロボットだとでも思ってるのか島に降りる時はぴったりくっついて離れないのはまあ百歩譲って許してやる。うろちょろされておれの知らないところで危ない目に遭われるよりそばにいてくれた方が守りやすいのは事実だからだ。その流れで一緒に宿屋を探すことになるところまではいい。一度離れればうろちょろしまくるこいつを捕まえるのが大変になるから、同じ宿屋に泊まるのは合理的だ。だが、二十を超えたいい歳した大人の男女が宿の部屋まで一緒にしようとするのは頭おかしいだろこいつ狂ってんのかぶっ飛ばすぞまじで。
 宿屋の受付はおれの低い威圧に立ったまま気絶してしまったのに、それを直接ぶつけられた本人は馬鹿みたいに何もわかっていない顔でおれの腕に絡みついたまま不思議そうにおれを見上げてきていた。狂ってんのかまじで。そりゃおれたちは麦わらの一味でサニー号はおれたちの家みたいなもんで、同じ家に住んでるみたいな関係ではあるが、だからって家族じゃねェ。
 べたべたべたべた。飲み会の時もくっついてなきゃ死ぬのかってくらいくっついてくる。誰にでも距離感がおかしい女なら仕方ない。いやそれはそれで懇々と説教しなきゃならなくなるが、そっちの方がまだマシだ。男に対しての警戒がわからないってんなら教えりゃ済む話だからだ。だが、この女は男がどういう生き物なのかをきちんと理解した上でおれにだけおかしくなる。クソコックのセクハラからは笑いながらもきちんと逃げるし、知らねェ男からの純粋な好意も下品な視線も色事に疎いおれなんかよりもよっぽどきちんと汲み取っていなしている。なのに、おれだけにおかしい。同じ船の仲間相手にだけこの距離感になるならまだ許せた。家族扱いになってんだな、って納得したくないけど仕方ないから納得してやった。でも、コックにはちゃんと適切な距離を取るんだこの女は。ただただおれにだけ、おかしくなる。
 この世の中に生きる男の中でおれだけが男として見られていない。
 別にそれは我慢できた。だが、今回のは、キレても許されるだろ。なァ、許されるよな。そうだな、と一人問答して再度女を睨みつけた。

「おれにだけ警戒ゼロになんのやめろこのバカ女」

 ぱちぱちとまつげを揺らしながら不思議そうにおれを見上げる女の絡んだ腕を振り払う。振り払った瞬間不思議そうな表情が悲しそうに変わって一瞬目が泳いだが、眉間に皺を寄せて力を入れる。なんでお前が傷付く素振りを見せるんだ。おれの方が悲しい。好きな女に、男として見られていないのは。仲間として信頼されてるのは素直に嬉しい。だがそれ以上に傷付いたことの方が多かった。おれの方がこいつのことなんだって知ってるのに、すれ違っただけでこいつに惚れ上げてこいつの中身なんかひとつも知らないくせにごめんなさい、と振られる男の方が羨ましかった。あんな下品な男には成り下りたくはないが、それでも下劣な視線を浴びて不愉快そうに眉を顰められている男が羨ましかった。純粋な好意にしても下品な視線にしても、どちらにせよきちんと意図が伝わってるのが羨ましかった。おれは、おれの好意はなにひとつこの女には伝わらなくて、悔しかった。もう、我慢の限界だった。
 こいつからしたら急にキレたように見えてるんだろ。積もり積もった悲しみを突然爆発させたおれに相変わらず心当たりのかけらもなさそうな顔で見上げてくるから舌打ちをする。

「いい加減にしろよ、おれだって男だ」

 怒りなのか悲しみなのか、吐き出した言葉が掠れて情けなくなる。くそ、ともう一度舌を打ってやりきれない感情を持て余しながら頭を掻きむしった。どうせこいつにはなにひとつ伝わらない。

「ゾロも男の人なの……?」
「────……あ゛ァ?!」

 そう思ったのに。紡がれた言葉にぶちんとどこかの血管が引きちぎれたような音が聞こえた気がした。いくら好きな女相手だったとしてもいい加減嫌いになりそうで、でもそれができないからつらい。男として見られていないのはわかっていたくせに、こうやって直接それをぶつけられるのはしんどかった。やっぱり、おれにはそんな感情なんてねェと思ってたんだな。他の奴らにはちゃんと警戒してたもんな。他の奴らになら絶対にしないことを、おれにだけ。仲間として信頼し安心しきっているから。恋愛対象ではないから。

「……てめェ、いい加減にしろよ」

 おれは、お前を守る無口で便利な感情のないロボットなんかじゃない。そこらの男と同じ欲を持ったただの普通の男だ。いい加減にそれをわかってほしいだけなのに。怒りなのか悲しみなのかわからない震えをどうにか抑えようとしていたせいで目の前の女がおれに近付いてきていることに気付かなかった。

「今日で諦めようと思ってた」
「……あ?」

 するりとさっきと同じように腕を絡め取られて、頭に血が上り過ぎたのかくらついたおれの耳に女の言葉が滑り届いて固まる。

「…………あ?」
「これでも駄目なら私はゾロに本当に女として見られてないんだなって納得して、泣いて、それからちゃんと、仲間に戻るつもりだった」

 この女は何を言ってるんだ? 伏せられたせいでつむじしか見えない頭をじっと見下ろしながら、言われた言葉を頭の中で何度も何度も繰り返す。我慢の限界がきた頭がとうとうおかしくなって都合の良いように言葉を噛み砕いてしまっているのか? 

「ゾロに、女として見てもらいたくて、いっぱい頑張った」

 おれがお前に男として見てほしいと思っていたのと同じで、お前もおれに女として見てほしいと思ってた? そんな馬鹿みたいに都合の良い話があるか?

「全部ちゃんと伝わってた……?」

 ぎゅっと腕に絡む力が強まるほど反対に小さくなっていく声はしっかり耳に届いて、さっきまでとは正反対の感情が身体中を侵食して何も言葉が見つからない。

「私、ゾロのこと、諦めなくていい? もうちょっとだけ、頑張ってもいい?」

 囁くような声は、おれが生み出した幻聴なんじゃないかってほどおれに都合の良い言葉ばかり吐いてきて、思わず空いている腕で額を抑えて呻く。

「これ以上があんのかよ、」

 それは、困る。ただでさえ我慢の限界だったあれそれが、これ以上エスカレートされたら、どうなるのかわからない。お前は馬鹿なおれのせいでもう十分頑張っただろ。だから、

「これからはおれが頑張るから、……お前はただ、おれを見放さないでくれ」