タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2024/03/07 ゾロ
声は途切れて・闇に紛れて・唐突すぎて心が置き去りになる
※現パロ


「それじゃあ気を付けて」

 ああ、だの、うん、だの後ろ髪を引かれるせいで曖昧になる返事にも頬を緩めて笑う姿をじっと見つめながらいつも通り扉を閉めて鍵がかかる音を待つ。帰りたくねェな、なんて、いつも思いながらそれでもあんまりにも入り浸るのも男らしくねェからと我慢するのもそろそろ限界だった。少しずつ滞在時間を伸ばしてやろうかなんて、それこそ男らしくねェみみっちい計画を立て始めるおれの耳にいつまで経っても鍵をかける音が聞こえなくて眉を顰める。がちゃ、と鍵をかける代わりに扉が再度開いて首を傾げた。

「忘れもんでもしてたか」

 ううん、と首を振りながら、言い忘れてたことあって、とおれを見上げる姿を不思議に思う。言い忘れたこと。なんだ。今週の予定はもう聞いた。他になんか聞くべきことあったか。

「合鍵、返して」

 差し出された手と放たれた言葉におれの周りだけ酸素がなくなってしまったのか息ができなくなった。合鍵、返して。合鍵。返して。何度頭で繰り返しても違う言葉にはならなくてどんどん体温が下がっていくのを自覚した。指先が冷たい。ゾロの手、あったかくて好き。にこにこ笑って褒められた手が冷たくなってしまってもうこれ以上体温が失われないようにぎゅうっと握り込んだ。手のひらに爪が食い込んだ痛みで意識を取り戻す。
 固まったままのおれを見上げて不思議そうにする女は、いつの間におれを好きじゃなくなったんだろう。さっきまで、普通だったじゃねェか。いつものように体温の高いおれの手をぐにぐにと弄んで、ずっとくっついて、にこにこ笑って、一緒に寝て、キスだってもちろんして、なのに、なんでだ。部屋の中で言えばおれが出ていかないと思ったから、おれを締め出して言ったのか? そんなふうに考えて一旦扉を閉めたなら、その時にチェーンもしっかりするべきだった。合鍵を受け取るために突き出された手首を掴んで押し込みながらさっき跨いだばかりの敷居をもう一度踏み越える。わ、と驚いた声を上げながら簡単におれを家の中に招き入れた女に鼻で笑った。外に出せばもう中には入ってこれないと本当に思ったのか? おれがそんなに諦めの良い男だと思ったか? そんなわけないだろ。

「なんでだ? 何が嫌だった?」

 口をぽかんと開いておれを見上げて呆然とする恋人に問いかけた癖に、答えを聞きたくなくて言葉を重ねた。

「返さねェ。ずっとここにいる。帰らねェ」

 返さない。追い出されるならここに残る。嫌だ。何度も同じ言葉を繰り返して、ぐ、と息が詰まった。嫌だ。別れたくない。何が悪かったんだ。何も気付けなかった。気付けないことが悪かったのか。髪を切ったって、新しい服だって、おれは気付けない。それが駄目だったのか。でも、気付けなくても、お前のことを好きなのは本当で、……本当なのに、こんな時ですら口下手なおれは何も言えなくなって黙り込んだ。

「……えと、今日も泊まるってこと?」

 無言の後にゆっくり紡がれた言葉を頭で繰り返す。一日関係を延命したところでどうなるんだ。たった一日伸ばせばおれが満足してその後素直に引き下がるとでも思ってるのか。馬鹿にしてるのか。

「嫌だ」
「?」
「…………別れ、たく、ない」

 絞り出した声は馬鹿みたいに掠れて小さくて、喉が潰れてしまいそうだった。心臓も、すりつぶされているかのような痛みで、剣道で負けた以来の涙が出てきそうになる。体中冷え切ってるのにじわりと目だけが熱くなっていくのがわかって、それを手で隠したいのに片手はこいつのことを捕まえるのに忙しいからひとつの手で目元を覆い隠すことしかできなかった。嫌だ。これ以上情けないところを見せて嫌われるのは。

「えっ? ……なんで急に別れ話になったの?」

 素っ頓狂な声が聞こえて暗い視界を開けたくなった。でも、駄目だ。今手をどかしたらそれこそ蓋が外れて涙がこぼれ落ちてしまいそうになる。なんで? なんでだと? それはこっちの台詞だ。

「あいかぎ、かえせ、って、……お前が言うから」
「………………あっ、……違うの、ごめん、ごめんなさい、最近鍵の調子がおかしくてね、交換することになったの、それでその、鍵を一旦返却しなくちゃいけなくて、だから、……違うの、私も別れたくないよ、ゾロ、傷付けてごめんなさい、別れたくない、勘違いさせるようなこと言ってごめんなさい、嫌いにならないで」

 どん、と胸元に何かがぶつかって反射的に受け止めたせいで目元を覆っていた手が、その何か、である女の背をしっかり抱きとめていた。ぐるぐると混乱する思考回路でさっき耳に届いた言葉を何度も頭の中で繰り返して咀嚼して、安心した瞬間、せっかく我慢していた涙が一滴こぼれ落ちてしまう。それでも、目に溜まっていた一滴だけで止まったから胸元に顔を埋めているこいつには気付かれなくて安堵する。言葉足らずなこいつも、早とちりしたおれも、お互いが少しずつ悪かった。恋人を失わずに済んだことに安心してぎゅうっと力強く抱きしめる。うぐ、と呻く声が聞こえたのは無視する。早とちって暴走したおれも悪い、が、お前がちゃんと最初に説明してれば起きなかった修羅場なんだから、少し痛くて苦しいくらいは我慢して反省しろ。おれは、……おれも、後で反省して、なんか、お前の言うこと聞くから。