タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2024/06/04 ロー
硝子の器に君の雫・名前を呼んで、その声で・無邪気時々悪魔
※なんでも許せる人向け


「ローは綺麗だよね」
「あ?」

 初めて言われた言葉に間抜けな声が溢れでて慌てて咳をして誤魔化す。どこか遠い目をしながら海を眺めていた女が様子のおかしいおれを不思議そうに見て、お医者さんって清潔さが大事だもんね、と似ても似つかない言葉を吐いてため息をついた。紛らわしい言い方をするな。最初からそう言われれば素直に頷けた。

「うちの男連中、サンジくん以外みんな毎日お風呂入ってくれないの……」
「……」

 また遠い目をした女に同情した。海賊稼業としてなら黒足屋や女たちが贅沢な環境に身を置いているとは思うがこの船はその贅沢な環境がおかしな船大工によって簡単に享受できる。なのに使えるものを使わない男たちに医者としてその不衛生さに眉を顰めてしまった。

「ローのところはみんなちゃんとお風呂入る?」
「そうだな、……海賊にしては清潔な方だろう」
「偉いね」

 懸賞金億越えの海賊がかけられる言葉じゃない。

「冬の気候だったらまだ平気なんだけど、夏の気候だともう耐えられなくて無理やり入れてるの」
「……大変だな」

 この船には子どもはいないはずなのに、子育ての愚痴を聞いているようで神妙に頷くことしかできない。あまりに憐れな愚痴は余計な口出しはせず寄り添うのが一番だろう。たぶん。

「ゾロはね、とりあえず脱がしてお風呂場に突っ込んで濡らしちゃえばあとはひとりで勝手にやってくれるの」

 ゾロ屋……。呆れて早々に相槌も打てなくなって心の中でため息をついた。

「ルフィとチョッパーがね〜……ちょっと濡れた程度じゃそのまま出てきちゃうから洗ってあげないといけないのが大変で。……お風呂って疲れが取れるはずなのにルフィと一緒に入るとどんな海賊と小競り合いするより疲れちゃう」
「────は?」

 はーあ、と長いため息を吐いた女の言葉が遅れて脳に届いた瞬間、人生で初めて出した低い音に思わず自分でも驚いた。今おれの口から声が出たか? いや、そりゃ出るだろ。だってこいつ、今おかしなこと言っただろ。ルフィと一緒に入ると。どこにだ。風呂だ。麦わら屋と、一緒に、風呂?

「は?」

 もう一度、喉が震えた。いや、おれの早とちりだろ。

「麦わら屋と一緒に入ってんのか」
「? うん。ルフィ、お風呂ひとりでつかれないし。キャプテンがお風呂場で溺れ死ぬのいやだもん」

 それはそう。それはそう、だが、早とちりでないことが確定してしまって頭を抱える。湯船に浸かると力が抜ける不安で介助をしてもらうのは同じ能力者として理解できる。おれだってたまにはじっくり湯船に浸かりたい時があるから、その時はシャチたちにおれが溺れないように見張ってもらってる。でも、イッカクにそれを頼むことはない。それはおれが男で、イッカクは女だからだ。なのに、一緒に、風呂に、入ってる。男である麦わら屋と女であるこいつが??

「は?」
「さっきからどうしたの? 何かおかしい?」

 おかしいことだらけだろ。

「麦わら屋に決闘申し込んでいいか?」
「別にいいけど勝つのはルフィだよ?」
「あ?」
「なんで怒ってるの?」

 おかしなことを言った女は許す。自船のキャプテンが負けるとか夢にも思いたくないだろうしな。おれが勝つが。よし許可を得たと麦わら屋のところに飛んで行こうとしたおれの服を掴まれて立ち止まった。不思議そうにおれを見上げる姿に問われて眉根が寄る。

「お前は能力者相手だったら男だろうが一緒に風呂に入ってやるのか」
「うん?」

 うん、と不思議そうにしながらも確かに頷いた姿に一歩また踏み出したのに、女が手を離さなかったから進めない。離せ、と口にしようとした瞬間、何かに閃いた女に先を越されて口を閉じたかった、のに。

「…………あ、ローもお風呂浸かりたかったの? ごめん、気付かなくて……そうだよね、お風呂毎日入る人なんだからちゃんとお湯にだって浸かりたかったよね……今日は私しかいないから私でよければ一緒にお風呂入る?」
「は??」

 顎が外れてしまうんじゃないかと思うくらい間抜けに口が開いて二の句が告げない。今こいつ何を。

「私とは一緒に入りたくない?」

 悲しそうにきゅっと眉を寄せておれを見上げてくる女に何も言えなくなる。何を言ってるんだこいつ。

「そんなに疑わなくても襲ったりしないよ、」
「いや襲うのはおれだろ」
「え?」
「は?」

 悲しげな表情がどこかへ飛んでいってくれたのは助かるが、今自分が何を言ったのか思い出せない。おかしなことを言った気がする。

「……こんなに長い付き合いだったのに、私のこと嫌いだったの?」
「そんなわけないだろ」
「でも、……だって、襲うって、」
「違う。いや違わない。……違う、待て。頼む、待て」
「??」

 また一瞬翳りそうになった表情にあわてて言い繕うもののもう何を言っているのか自分でもわからなくなって頭を抱える。混乱しきったおれを見て心配そうにおれを見守る視線に、逃げ出してしまいたくなるのを抑えてどうにか冷静になろうと努力する。何度も深呼吸して、ゆっくり口を開く。

「お前、女だろ」
「……うん、?」
「…………麦わら屋とおれは男だ」
「うん。……うん?」
「付き合ってもねェのに、男と女が一緒に風呂に入るのは駄目だろ」

 何度も瞬きを繰り返す女にこれでも伝わらないのか。この船の常識が狂いすぎている。やっぱり麦わら屋に決闘を申し込んで常識を叩き込むべきだ。今からでも遅くない、はずだ。まあ一万歩譲って麦わら屋やトニー屋に性欲がないおかげで間違いは起きていないし、家族のような間柄だから、この船の奴らにとってはそれでうまい具合に回ってよかったのかもしれない。でもそれを今みたいに外に持ち出して、間違いが起こって、傷付くのは女であるこいつだ。クルーを守るのはキャプテンの役目で、だから、やっぱり麦わら屋に常識を叩き込んでやめさせるべき行為だ。

「…………あっ、……えっ、もしかして、私も裸になってルフィとお風呂に入ってると思ってる……?」
「……あ?」
「あの、……み、水着、着てるよ、ちゃんと、ルフィは女の人の裸に興味ないけど、さすがに私が恥ずかしいし、水着着てるよ、……? ご、ごめん、紛らわしい言い方してた、……?」

 おずおずと申し訳なさそうに紡がれた言葉が脳に届いた瞬間、帽子が後ろへ落とされる勢いで両手を顔面に叩きつけて顔を隠す。馬鹿みたいな勘違いをしていたらしい。逃げたいのに服を掴まれているから逃げることもできない。こいつの手首だけ切り離して逃げてしまおうか。手だけならこれ以上何も言葉を重ねることもない。だが、髪の一本でも一緒に逃げてしまえば結局今の醜態を思い出す羽目になるから意味がない。くそ。紛らわしい言い方しやがって。くそ。くそ! 全部まともに風呂に入らねェ麦わら屋が悪い! やっぱり決闘だ。そう勇んだ瞬間、女の呼吸が震えた気がして反射的に耳が聞く姿勢に入ってしまった。

「……ロー、私のこと、襲うの……?」

 さっきと同じことを聞かれているのに、意味が変わってしまったそれに、とうとううずくまって呻くことしかできなくなった。