タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
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2024/07/11 スモーカー
凍土に眠る恋心・ひたひたと迫るのは・一緒でいい、一緒がいい
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「私たち、喧嘩しなくなっちゃったね」
良いことじゃねェか、と緩む頬をどうにか抑える。良いことだ。昔はお前と喧嘩ばかりだった。喧嘩ばかりですれ違って一度壊れた関係が、なんの幸運かまた形を取り戻して毎日が浮かれっぱなしのおれにその事実は嬉しくてたまらない事実でとうとうにんまりと唇が弧を描いた。くそ。締まらねェな。昔のおれがガキで不甲斐なかったせいでいつも怒らせたり悲しませてばかりいた女が今では幸せそうに頬を緩めてくれる。それが嬉しくて、おれのだらしない顔を見られるデメリットより、こいつの柔らかな顔を見られることのメリットが勝って視線を向けた瞬間、緩んでいた頬が引き攣った。
その顔は、昔、お前がおれに別れを切り出した時にしていた顔だ。
トラウマとしてこびりついた表情に、目を逸らしたいのに逸らせなくて心臓が痛む。二度とその顔は見ることがないと思っていたのに。
「昔はあんなにたくさん喧嘩したのに」
「あの時は悪かった、ガキだったんだ」
困ったように眉尻を垂れ下げて頬を吊り上げて気を遣って無理して明るく言う姿に間髪入れずに謝罪する。言葉通り、昔のおれならこの気遣いがおれと女の器の差を感じて余計に腹立たしくなって冷静さを失っていたが、今ならわかる。明るく言うのは少しでも場を和らげておれを責め立てないようにする為だった。それなのにおれは、そのわざと吊り上げた口角にも気付かず馬鹿にされたと思い込み血が上って世界で一番大事な女を失った。おれのもとへ帰ってきてくれて浮かれていたのに、また、失いかけている。今のおれは目の前の表情の変化には気付けても、結局心までは窺い知れなくて恋人をまた失うかもしれない恐怖に血の気が引いた。
「最近のスモーカーくんは、……そうやっていつもすぐ謝る」
良いことじゃねェか。おれが悪いんだ。昔も、今も、全部おれが悪いんだから、見栄を張らずに謝れるようになったことを褒めてほしいくらいだ。なのに、それが駄目らしい。謝ることを封じられたせいで、今も謝りたいのに謝れない。
「昔のスモーカーくんは言いたいこと、ちゃんと言ってくれてた」
馬鹿みたいになんでもかんでも言うからお前を傷付けてお前を失ったんだろうが。お前は前の傷付けてばかりいる幼稚な男の方が好きだったのか? だがおれはもう、二度とお前を傷付けたくないし失いたくない。
「……今のスモーカーくんは怒らないし、いつも私の言うことばっかり聞いて、私に譲ってばっかり」
良いことじゃねェか。何度思ったか知れない言葉を脳内で吐いて、明るく振る舞うことすらできなくなった女の目に涙が滲んで息を呑む。
「スモーカーくんにそんな無理させてまで、私、……」
まつ毛を濡らして、震える息を吐き出して、次の言葉を紡ぐために息を吸った瞬間、頭で考える前に体が勝手に動いて手のひらで口を覆い隠してしまった。驚きに見開いた目は水分で揺らいでいたがその液体が頬を伝うことはなくてとりあえず胸を撫で下ろす。咄嗟に塞いだ口がもごついたのが手のひらの感覚でわかって今度はしっかり自分の意思で口を塞ぐ力を強くした。だってお前、それ、前と同じだ。二度と聞きたくない言葉を同じように吐こうとしただろ。絶対に言わせるか。二度もあの言葉なんて聞きたくない。
「別れねェぞ」
幼稚な男は卒業したんだ、なんて思っていたくせに、結局根っこのところは変わらなくて自分本位な言葉がつるりと口から滑り落ちた。
「死んでも別れねェ」
口を蓋して反論も許さず言葉を重ねて駄々をこねる姿は幼稚そのもので舌打ちをしそうになる。
「お前に文句言うとこなんかひとつもない。お前が何しても可愛くて仕方がねェんだ。ずっとおれのそばで笑っててほしい。それだけだ。昔だって、そう思ってた。思ってたのに、若かったおれは立場やらなんやらでいっぱいいっぱいで、守りたかったはずのお前を傷付けることばかり言って、お前を失って、……お前がおれを嫌いにならずに帰ってきてくれて、嬉しくて、ずっと浮かれてんのに、……浮かれた男は嫌か? 昔のお前を傷付けてばかりいる馬鹿なおれがいいのか? 嫌だ。おれは、お前をもう二度と傷付けたくないし、手放したくもない。死んでも別れてやらねェ」
二度と、別れたい、なんて言わせるか。ぐ、と力がこもって苦しげに呻く姿に頭にのぼっていた血が一瞬で引く。傷付けたくない、なんて言いながら結局傷付けることしかできない愚かな自分に吐き気がする。好いた女ひとり幸せにできなくて、誰を守れるんだ。
ぺちぺちとおれの手首をタップして解放してほしいと示す恋人に、それでも嫌だと首を振った。手を離せばお前はまた、あの忌まわしい言葉を吐くんだろ。スモーカーくん、とくぐもった声で名前を呼ばれた気がして力が緩んだのが失敗だった。おれの手から逃れた恋人が、もう口を塞がれないように自分の手で口を隠しながらおれを見上げている。二度と聞きたくねェのに。
「ス、」
「別れねェ」
「スモ、」
「別れねェ!」
「スモーカーく、」
「別れてやらねェって言ってんだろ!」
怒鳴ったおれに怯えたのかようやく口を閉ざしてくれて俯く。まただ。せっかく、二度目は絶対に喧嘩なんてしないと決めていたのに。怒鳴り声なんて絶対にぶつけないと心に決めていたのに。
「……嫌だ、……別れたくねェ」
「私も別れたくないよ」
スモーカーくん、と名前を呼ばれて顔を上げる。恐れていたことと正反対のことを言われて眉を顰めた。嘘だ。だってお前、昔と同じ顔してた。思い出すだけで死にそうになる、あの時の顔と同じ顔してた。おれを見限ったんだろ。お前は優しいから、おれを宥めるために心にもないこと言ってるんだろ。
「……昔だったら喧嘩になることも最近は私に譲ってくれるから、無理させてると思ったの」
「無理なんかしてねェ」
「……うん、……信じなくてごめんなさい」
「お前は悪くない、昔も今も、悪いのはいつもおれだ」
「そんなことない」
お互い様だったよ、と笑う頬は引き攣ってなくて別れを告げられそうで働かない脳を無理やり再起動させる。柔らかな微笑みは、おれを宥めるための嘘なんかじゃなくて本当に心から思って言ってるように見えて訳がわからなくなる。
「無理して私に合わせてる訳じゃない?」
「無理なんかしてねェ」
口を塞いでいた手を握られて固まる。お前を傷付けようとした手だぞ。怖くないのか。見限らないのか。
「…………私に言いたいことあったらちゃんと昔みたいに言ってくれる?」
「……お前は昔みたいに言いたいこと言ってくれって言うが、……昔のおれは言いたくないことばかり言ってお前を傷付けてた」
嫌だ、と拒否すれば今度こそ手を離されそうで、だけど昔のおれを否定する。アレが基準だと思ってほしくない。
「じゃあ昔のスモーカーくんが本当に私に言いたかったことは何?」
「……謝るから、別れたくねェ」
昔のおれは意地を張ってそれすらも言えずに別れを承諾した。
「昔の私も、言いたくないこと言ってスモーカーくんのこと傷付けてごめんなさい」
私も別れたくなかったのに、と困ったように笑う恋人に胸が締め付けられた。
「……浮かれてたの?」
「ああ、……お前とまた付き合えて、……嬉しかった」
「勘違いしててごめんね。私も今から浮かれていい?」
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