タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
← →
2024/07/24 シュライヤ
アンバランスな心・小さな自己主張・苦い恋を齧る
▼
「その髪どうしたんだ」
「姉ちゃんにやってもらった!」
「そうか、良かったな、似合うじゃねェか」
きひひ、と嬉しそうに笑うアデルにおれも笑顔を返す。その笑顔を見られたくなくて髪を撫でてやりたかったのに最近ツヤの出てきた茶色の髪は綺麗に編み込まれていて撫でる隙間がなくて行き場を失った手を下ろした。おれのせいで荒んだ場所で生きてきたからか見目に手間をかける余裕もなく言葉遣いもおれとそう変わらないくらい悪い妹が、隣に引っ越してきた女の影響で少しずつあんな荒っぽい世界を消していっている。汚い世界に触れたことなんてないだろうやわらかな笑みを浮かべてただ隣に住んでるってだけのアデルに優しさを向けてくれる。それだけでも有難いのにおれにまでその優しさを渡してくるからどうすればいいのかわからなくなる。思ってもない言葉や表情を浮かべて荒波を乗りこなすのなんてお手のものだったはずなのに、綺麗な世界に住んでいる女相手に口籠って引き攣った笑みを浮かべることしかできない姿はみっともなくて呆れ果ててしまう。
「……なあなあ、」
嬉しそうに鏡と睨めっこしていたアデルがもじもじと照れ臭そうに近寄ってきて首を傾げる。こんなにも照れているのはおれのことを兄ちゃんと初めて呼んだ時以来で、おれもその攻撃を喰らったことを思い出してどんな言葉が飛び出てくるのかと気を引き締めたのに。
「あのな、……姉ちゃん、ほんとの姉ちゃんになってくんないかな?」
「……? いや、そりゃあ無理だろ。おれたちは二人兄妹で、もう他に生き別れの家族なんていねェよ」
何言ってんだ、と拍子抜けして笑う。アデルはそんなことを願ってしまうほど懐いたのに、おれはまだ自然体で話すことができなくて申し訳ない気持ちが浮かんだ。引っ越してきてからおれが役に立ったことと言えば高い場所にある電気を代わりに変えてやって、この辺りにある安くて上等なものを仕入れる店をほんの少し教えたくらいだ。それ以外は全部向こうの優しさを享受するばかりで、返しきれないくらいの恩がある。お下がりだからとアデルに似合う服や下着を何着かくれたが、あれは絶対にお下がりなんかじゃなかった。男のおれやじいさんが気付けなかったアデルの成長を見てわざわざ差し入れてくれた。アデルの髪の艶や肌艶が良くなったのだって、シャンプーやらなんやらを試供品だからとお裾分けしてくれてるからだ。メシだって余ったものを押し付けてるだけだから、なんて笑うが、おれたち三人分が満足する量を一人暮らしの女が余らせるわけがない。ようやく飯代だけはたまに受け取ってくれるようにはなったが、この優しさの何もかもはきっと年の割に細く小さいアデルを気にかけてくれているからで自分の不甲斐なさを反省する。優しくされたアデルが懐くのも至極当然だがそんな思考回路を弾き出した普通の子どもらしさに、反省はしつつも頬が緩んだ。
「……じっちゃんもほんとのじっちゃんじゃねェけどおれのじっちゃんだぞ。姉ちゃんも、……おれの姉ちゃんになってくれるかもしんねェじゃん」
むす、と唇を尖らせて膨らんだ頬をつついて吹き出しそうになるのを我慢して考える。まあでも、難しいだろうな。あの女は誰にだって優しい。アデルのように素直に受け止められずに無愛想になってしまうおれにだってあの柔らかな笑みを向けてくれるんだ。隣に住むのがアデルじゃなくてもきっと同じことをして懐かれているのが簡単に想像できた。
「あ!!」
「うおっ。なんだ、急にでかい声出すなよ」
「兄ちゃんと姉ちゃんがケッコンしたらおれのほんとの姉ちゃんになるよな?!」
おれの手を払いのけて大声で叫ばれた内容に固まる。今何言ったこいつ。
「姉ちゃんに頼んでくる!!」
世紀の大発見でもしたかのように目をらんらんと輝かせて駆け出して行った背中を呆然と見つめる。さっきなんて言ったあいつ。
ケッコン。けっこん。結婚……?
四文字の意味を頭が理解した瞬間、どんどんと隣の玄関を叩くアデルを阻止するため今まで生きてきた中で上位に食い込む瞬発力を発揮して駆け出した。
← →