タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2024/10/29 ロー
誰も知らない二人だけの秘密・人肌を求めて・星屑が降る夜
※ボツ


「お医者さんのローにお願いがあるの」

 夜も更けた静かな甲板で毛布を抱き抱えているせいで顔の見えない女に申し訳なさそうに放たれた言葉に慌てて毛布を取り上げる。自船の優秀な医者ではなく同盟相手の医者のおれをわざわざ指名するほど切羽詰まっている人間が、荷物を持って徘徊するな。腕の中が急に軽くなったのに驚いたのか毛布を代わりに持ち上げて見えた顔は月明かりで少しいつもより青白く見えないこともないがとりあえずいつも通りに見えて安心する。

「…………最近、私、眠れないの」
「……そうか。睡眠不足で具合が悪いのか?」
「うん……、や、悪い訳じゃ、ない、んだけど……でも、寝れてないから、ちょっといつもより調子が悪くて、」

 とりあえず毛布を片手に持って、触るぞと了承をとってから頬に触れる。下瞼を指で軽く抑えて上を見ろと言えば素直に動かす患者に診察を続ける。顔から手を離して、首を傾げた。海賊のくせにそこらの環境よりよっぽど食事面も健康面も完璧にフォローされるこの船で、案の定睡眠不足の傾向も目に見えてわかる不調も見られなくてどう判断をくだせばいいのかわからない。それでも目の前の患者は調子が悪いと言っている。同盟を組んでそう長いわけじゃないが、それが嘘じゃないのは今までの付き合いからわかる。そもそもそんな訳のわからない嘘をつく必要もない。体に不調が見られなくても、眠れないせいでストレスがあるのかもしれない。ストレスはどう発散させてやればいいんだろうかとまた頭を捻る。おれがじっと見てるのがすわりが悪いのかもごもごと口を動かし出した患者に気になることがあるならなんでも言え、と促す。

「…………今日、ふたりだけでしょ?」
「……ああ」

 非戦闘員の女ひとりを置いて同盟相手とは言え別の海賊の船長とふたりきりで大事な船の見張りを任せる平和ボケしたお人好しだらけの麦わらの一味に呆れるが、まあ、そうなったものは仕方ない。今更否定してもなんの意味もないから頷く。

「……………………一緒に寝てほしい」
「……あ?」

 頭おかしくなったのかこいつ、と反射的にスキャンした脳は正常で、一瞬で診察を施されたことに驚いたのか目を白黒して戸惑う目の前の女に狼狽えたいのはこっちだ馬鹿と重たいため息を吐く。

「いつも眠れない時は、ロビンちゃんと、ナミちゃんと一緒に寝てるの」

 おれが怒ってるとでも思っているのかさっきよりも更に深く申し訳なさそうに震える声に怒ってるんじゃねェよと心の中で吐き捨てる。怒ってる訳じゃねェ。ただこいつのことを麦わらの一味の中じゃ話の通じる常識人だと思ってたおれに呆れてるだけだ。あいつらの仲間なんだから常識人な訳ねェだろ。そもそも海賊に常識が備わってるわけがない。それにしたって海賊として生きてきたなら常識じゃなくても男と女は根本から違うって経験で学ぶもんだろう。お前だって嫌な目に遭ったことはあるだろ、それなのに、なんで自分から嫌な目に逢いにくるんだ。そりゃお前らの基準じゃみんな仲良しみんな家族なのかもしれないが、男と女が一緒に寝るのは普通は色のあるものだ。お前らは家族でも、おれはお前にとって家族じゃねェだろ。

「………………お医者さんに頼むことじゃなかった?」

 呆気に取られて何も言えないせいで落ち込んだのか目を伏せた女にぎくりと肩が強張る。そもそもこいつはおれを同盟相手の海賊船長じゃなく、自分の船長の友達(友達じゃねェが)の医者相手だと思って話しかけてきている。一般常識が狂ってるのは説教したいが、今目の前に立っている女は眠れないせいで調子がおかしい病人一歩手前の患者で、再び重たいため息を吐きそうになるのを飲み込んだ。今は体に不調が出ていなくても、心の不安は病理を誘い込む隙を作る。体調を崩す前に予防できるなら、それだって立派な医者の仕事のはずだ。くそ、と心の中でだけやり場のない気持ちを吐き出して踵を返す。おれが呆れて見放したと思い込んだのか、ついてくる気配のない患者に振り返った。

「……ついてこい」

 途端に、ぱ、と華やいだ笑顔に眉を顰めた。

  ▼▼

 トニー屋のテリトリーを勝手に使うのは申し訳ないが、女部屋におれが邪魔するのだけはおれが全力で拒否した。のを、まさか後悔する羽目になるとは思わなかった。だってお前、一緒に寝てほしいがまさか本当に同じベッドで体を沈めることだなんて思いもしねェだろ。そりゃ最初にその言葉を聞いた時はそんな馬鹿げた想像をして常識を考えろだのなんだよ頭の中で色々罵倒もしたが、それでも、結局おれがするのは同じ部屋の空間でこいつが寝っ転がっているのを見守るくらいだと思っていたし、せいぜい手を繋いでやるくらいだと思い込んでいた。のに、まさか、同じベッドで向かい合うどころか、ぎゅう、と真正面から抱きつかれて手も足も絡められるとは思わねェだろ!! もぞもぞするな!! なんだこいつ!!

「お゛まえッ、いいかげんに、」
「……え、……」

 しろよ、と叫びたかった声を飲み込む。そんな目の前でご馳走を奪い取られてしまったベポみたいな悲しい目をするな!!

「い、……いい加減に寝ろ、ごそごそ動くから寝れないんだ」

 なんとか誤魔化せたのか、うん、と頷いて、それでもまだしっくりこないのか言うことを聞いてくれないせいで心の中で数字を数える。どんどんずりあがってくる女にかかしのように動かないことだけを考えていたせいで判断が遅れた。目の前が暗転したかと思えば柔らかな何かに顔を包まれて固まる。

「……は?」
「え、いたい?」
「いや、痛くねェ」

 むしろ柔らかいと思考回路が追いつかないせいで口にしたのは目の前の柔らかい何かに阻まれて音が吸い込まれた。もともと動かないように意識してたのに、更に硬直した体と真っ暗な視界でぐるぐる考える。目の前の女もようやく落ち着いたのかごそごそすることなく安堵の息をついてじっとしたからお互いの呼吸音だけが聞こえる静寂に理解したくない答えが脳内にドンと大きく居座る。こいつ、おれのことでけェ抱き枕か何かだと思ってるな? 目の前が真っ暗になったのはこいつの胸元におれの頭がしっかり固定されたから。

「…………ロー、お願い聞いてくれてありがとう、」

 何かを話そうとすれば鼻先が柔らかい何かに埋まるから返事もせずじっと黙り込む。悩みの種が解決しそうだからかおれの反応なんて気にも止めていない女に苛立ちなのか焦りなのか自分でもわからない感情が脳内を駆け巡る。

「おやすみなさい」

 ポジショニングは決まったと言わんばかりに眠る前の挨拶を放った女に返事も返せない。鼻を直接くすぐる匂いに柔らかな感触と温かい体温、規則正しい呼吸音と心臓の音だけがする静かな空間に固まったまま、意識が飛んだ。

  ▼▼

 ふ、と意識が戻って目を開ける。意識を飛ばす前の暗闇じゃなく、木目の壁がきちんと視界に入ってほっと息を吐く。起きあがろうとして思い出す。そもそもなんでこの医薬品の匂いがする場所で寝てたのか。もぞ、と腕の中で何かが動いてぎくりと体が硬直する。ゆっくり視線を下に向ければ、ここで眠る羽目になった女がしっかりおれの腕の中に閉じ込められていて息を呑んだ。平和的な位置に場所が入れ替わってるのは寝てる間におれが無意識に動かしたのか、それともこの女がまたもぞもぞと動いておれの腕の中におさまったのか、誰も見ていないから正解はわからない。それでもこの女がここにいるという事実は昨夜のやり取りも全て現実だということでしかなくて頭を抱える。
 不本意ながらいつもよりぐっすりと良質な睡眠を取れた脳はいつもより処理能力が高くて頭が痛くなる。腕の中ですやすやと気持ちよさそうに寝ている女が昨日言った眠れないなんて言葉は大嘘だ。それに気付けない時点で昨日のおれはおかしかった。睡眠不足で調子が悪かったのはこの女じゃなくて、おれだ。このお人好しで大嘘つきの馬鹿は、おれが睡眠不足なことに気が付いて、おれを眠らせるためにあんな嘘をついたんだ。睡眠不足で判断力が鈍ったおれがそれに気付かずこんな馬鹿な作戦に見事に引っかかった。くそ、と吐き出したくても少しでも声を出せば腕の中にいる女が目を覚ましそうで無理矢理息を飲み込む。だって、起きたらどうすればいいんだ。昨日の馬鹿なおれなら、よく眠れたか、体調は良くなりそうか、なんて馬鹿なことを大真面目に口に出来ただろうが、今のおれはもう昨日の睡眠不足で馬鹿になったおれじゃない。海賊のくせにお人好しで、だから好きになってしまった女が自分の腕の中で目を覚ましてしまう今、どう反応するのが正解なのかがわからない。だから起きる気配を感じて反射的に眠ったふりをしてしまった。
 ん、と寝起きにざらついた音を初めて聞いて、変に体がびくつきそうになるのを意地でおさえこむ。ふわ、と眠たそうなあくびが聞こえて、早く起きてトイレにでもなんでもいいからとりあえずどこかへ行ってくれ、なんて願った瞬間、柔らかな何かが頬に触れる。息を呑みそうになって、規則的な呼吸を意地でも続けて気付かれなかったことに内心安堵する。すり、と指先が頬を滑って目の下をなぞられた。

「……よかった、きのうより、げんきそう、」

 ふ、と柔らかく落とされた音に確信する。やっぱり、おれを寝かしつけるためだけにあんな馬鹿みたいなことをしでかしたんだ。頬から体温が離れて変な物悲しさを感じる暇もなく背中に回された腕がゆっくりと規則的に動いて赤子をあやすような手つきにじわりと体温があがっていく。睡眠不足は解消されたはずなのにまた思考回路が睡魔に溶けていく気配に逆らえなくて舌打ちがしたかった、