タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2025/02/05 ロー
今はまだ見えなくても・泣けない死神・まどろみに沈み込む
※本当になんでも許せる人向け


「……誰だ?」
「自分のことはわかる?」

 見上げた先にいた見慣れない女の顔が心配そうに歪んでいて、だが、おれはその女を知らなくて呟いた疑問に、なぜか小さく笑ってから質問を返されて眉を顰める。自分のことがわかる、だと? 当然だ。馬鹿にしてるのか。おれは、と苛立ちのまま言葉を紡ごうとして固まる。

「わからない?」
「………………」
「何もわからないこと以外に変なことはない? 苦しいとか、痛いとか」

 何もわからないことが一番変で、大事なことだろう。そう思ったが、目の前の女はおれの体調を心配してるようだったから思わず首を振って憂いを取り除こうとした。ずっと柔らかく笑みを携えていたが、それは本当の笑顔じゃなかったんだなと、その顔を見て知る。本当にホッとしたように微笑まれたのに、そんなにおれを心配してくれている女が誰だかわからない。自分のこともわからないが、意外と人は記憶を失っても平然としていられるらしい。それよりも自分のことより目の前の女の方が傷付いているのかもしれないと思う方が座りが悪くなった。おれを心配してくれているのに、誰だ、と問われて、なのにまたおれを不安にさせないように傷付いたそぶりも見せずにただ献身的にベッド横に座る姿に、なんて声をかければいいのかわからない。

「…………看護師、では、ないよな」
「そうだね。私は専門的なことは何もわからないよ。でも優秀なお医者さんが治療してくれたから、大丈夫」

 良かった、とほっとする姿を寝転んだままじっと見つめる。良くはないだろ。その優秀なお医者様とやらは患者の治療はできても、家族のことは後回しにする冷たいやつだ。……家族、だよな。こんな記憶を失うような患者の側で起きるのを待っていられる関係性は、多分、家族、だ。

「……お前は、おれの、…………か、……家族、か?」

 聞くことも傷付けることになりやしないかと心配で口篭ってしまったが、きちんと聞けた質問に目玉が転げ落ちてしまうんじゃないかと思うほど大きく目を見開いて驚かれたから、外してしまったことに焦る。

「……家族の中の、どれ?」
「ど、……どれ?」

 どれってなんだ。深掘りするってことは、外れてはいなかったってことか? ただの当てずっぽうだが記憶を思い出したと思って驚いたのか? 当てずっぽうでも、二度目の奇跡を起こしたい。だって、ずっとおれが起きるのを待っててくれたんだろう。記憶を失ってもおれを混乱させないように傷付いたそぶりを隠して献身的におれを支えようとする姿は、どれ、というか、ひとつしかないはずで、そんなお前をこれ以上傷付けたくなくて、外れるな、と願いながら口を開く。

「つ、妻、じゃねェ、のか?」

 ふふ、と、恥ずかしそうに頬を染めて笑われて、緊張に強張っていた体がほどける。よかった、当たった。

「ちがうよ」

 違った。なんだよこいつ。すごく嬉しそうに笑ってくれたじゃねェか。脈アリでしかない照れ方だっただろ。おれは記憶ねェんだぞ、弄ぶな。

「まさかそんな、一足飛ばされるとは思ってなくて、」
「…………恋人か?」
「それも違うけど、」
「お前なァ…………」
「……嫌いになる?」
「……、理由による」

 記憶のねェおれを振り回して遊ぶ、理由があるんだろう。目を覚ました瞬間の顔は、本当におれを心配していて、それにさっきは気付かなかったが目尻が赤くなっている。泣くくらいにはおれを案じているくせに、おれで遊ぶ理由はなんだ。

「……不思議で」
「何が」
「……私のことを、好きってことが」
「……記憶を失う前のおれが、お前を口説いていて、お前はそれを信じなかったってことか?」
「……うん、……いや、……ちょっと違う、……信じてるの。信じてるから、私じゃ釣り合わない気がして、……」

 呆れて溜め息を吐く。

「……嫌いになった?」
「嫌いになるほどお前を知らねェ。が、お前が記憶のあるおれも記憶のねェおれも弄ぶ悪い女だってことはわかった」

 俯いたっておれが寝転んでるから意味がない。罪悪感に塗れた顔が丸見えだ。お前はどうしたいんだ。おれがお前に興味をなくせば安心したのか? 誰だ、とおれが問うた時、息を吐き出すように笑ったのは、嬉しかったからじゃないだろ。お前のことを知らなくてもあれが傷付けられて浮かんだ下手な笑顔だってことは冷静になればわかる。
 お前がおれを好きなのかどうかはわからない。おれはお前を知らないから。好意を寄せてきていた面倒な男でも記憶を失えば悲しんでくれるただ優しいだけの女なのかもしれないし、本当はお前もおれを好きなくせにぐだぐだと悩んで挙句この有様になって傷付いてる馬鹿な女なのかもしれない。もしくは知らない間に敵の手に落ちていて、思い出した瞬間おれに殺されるかもしれないから何もかも全て演じていておれを操ろうとしている狡猾な女なのかもしれない。悔しいが、おれには何もわからない。それでも、女の瞳が潤んだ瞬間、勝手に手が伸びてしまう。記憶は失われても、体が覚えている。おれはお前を守ろうとしている。

「……悪い女のことは普通嫌いにならない?」

 震える声に涙を拭う。驚いたように何度も瞬くから涙が次から次へとこぼれ落ちて、さすがにまだ思うように素早く動かせない手じゃ追い付かなかった。

「記憶がねェくせにお前には泣いてほしくねェって思うんだから、もう本能でお前が好きなんだろ。諦めろ。たぶんおれはしつこい」

 騙されているのかもしれないのだから警戒した方がいいのはわかっていても、脳がその信号を受け付けなかった。