タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2025/03/21 ロシナンテ
君のことが好きなんだ・月は遠くとも・頬の丸みが愛しい
※現パロ
※なんでも許せる人向け


 楽しそうに公園を駆け回る小さな子どもを見ると、昔会った天使みたいな男の子のことを思い出す。ふわふわな金色の髪の毛で顔を隠して、体もお兄ちゃんの後ろに隠して震えてる、人見知りの激しい天使みたいに可愛い男の子。性格が真反対なのか、じろじろと私を見定めて安全だと判定した瞬間、びゅんっと身軽に遊具に走っていったお兄ちゃんに、私と二人取り残されてしまった天使が泣きそうになったのを覚えてる。というかたぶん顔が見えなかっただけで泣いてた。全然知らない子だったけど、なんだかとても可哀想に思えて泣き止むまでただずっとそばにいた。私も子どもだったから、ほんの少し年下の男の子の慰め方なんてわからなくて、本当にただふたりで突っ立ってただけ。そのうちただ立ってるのに疲れた私が、ふるふる震えながら泣く可哀想な男の子の手を引いてベンチに座って、またじっとそばにいた。今ならもう少しマシな慰め方もできるだろうけど、そのときはそれしかできなかった。ベンチに誘導し終えた後、手を離そうとしたのに男の子がぎゅっと握りしめて離さなくて、しくしく泣く男の子とずっと手を繋いで座ったのを覚えてる。思い出のベンチはほんの少しペンキの色がはげていて、そっと撫でて座った。本当にずっとしくしく泣き続けていて会話のひとつもしなかったのに、遊具で遊び終えて満足したお兄ちゃんが迎えに来た瞬間、ぎゅっと強く手を握られて驚いたのも懐かしい。蚊の鳴くような本当に小さな小さな声で、また会える?と聞かれて嬉しくて、うん、と答えたのに、小さな子どもには大人の都合なんてわからなくて次の日には引っ越してしまったから約束を破ってしまったことが心苦しかった。あの天使は私が来なくて、ひとりでここで泣いてたのかな。お兄ちゃんが慰めてくれたのかな。それとも、子どもだからそんな約束寝て起きたら忘れてるのかな。確かめる術なんてなくて、懐かしいベンチに背中を預けて空を見上げて笑った。
 どしゃ、と子どもがすっ転んだにしては大きな音と太い悲鳴にベンチからお尻が浮くほど驚いて音の先に視線を向ける。案の定大の大人よりも更に大きな男の人が長い足を空に放り投げながらひっくり返っていて目を見開く。えっ。大事故。転んだ瞬間は見てないけど頭打ってないかな、大丈夫かな、と思った時にはもう足も口も勝手に動いていた。

「だ、大丈夫ですか」

 人通りの少ない真っ暗な夜道だったりしたら、身の安全を考えてこんな不用意に声なんてかけたりしないけど、そこかしこで子どもたちが遊んでいて保護者の大人もちらほらいる真っ昼間だからきっと怖い目には遭わない、はず。何に躓いたのかはわからないけど、本人も盛大に転んだことに驚いているのか目をまんまるく見開いたまま声をかけた私を見つめていて、なんの手助けにもならないだろうに手を伸ばしてしまった。反射で差し出した手を、男の人も反射で掴んだのか大きな手がすっぽり私の手を包み込んだけど、私がこの人の体重を支え切れるわけがなくて自力で起き上がるのをなんの力も貸せずにただ見守るだけ。転んでいても大きな人だとはわかっていたけど、立ち上がった男の人は初めて見るくらいの背の高さで視線を上げながら何度も瞬く。一人で立ち上がってくれたから、握手しただけみたいになってしまった手がなんだか気恥ずかしい。引っ込めようとしたのに、ぎゅっ、と握られて首を傾げる。

「大丈夫ですか? 歩けます? とりあえずちょっと座りますか?」

 まだショックを受けてるのか黙り込んだままの男の人を繋いだまま離されない手で誘導する。私の力なんかじゃ支えにもなんにもならないけど、手を引っ張った私についてきてくれてほっとした。ベンチに大きな体を丸めて座って、座るのもサイズが合っていないからか長い足がなんだか手持ち無沙汰でちょっと可哀想。

「頭打ったりしてませんか? 救急車呼びます?」
「だッ、大丈夫だ、ありがとう、いつものことなんだ、おれドジっ子だから」

 ドジで済むような音じゃなかったけど、悲鳴以外の声を聞けてほんの少しだけ安心する。でも手は離してくれなくて、意識が混濁してるのか心配になる。とりあえず隣に座って、外傷がないか上から下から確認するのは私の役目のはずなのに、なぜか男の人も私のことを上から下から確認しているような気配がして恐る恐る顔に視線を移せばばっちり混じり合う視線に思わずお尻をほんの少しずらして距離をとる。変な人に声をかけちゃったのかもしれない。迂闊な行動をとってしまったことに今更後悔しながら手を離そうと試みても、ぎゅうっと自分の手が見えなくなるくらい覆い隠されていて困り果てる。

「な、なァ、おれのこと、覚えてないか?」

 ナンパだ。そのありきたりな言葉で一瞬で心配も不安も何もかも吹っ飛んで、なんの躊躇いもなく手を払いのけられた。今までは不幸な怪我人だと思って遠慮してたけど、目的がわかったら遠慮なんて捨ててしまえる。とっとと踵を返してこの場所から離れようとしたのに、払いのけたはずの手がまた握られてぎょっとする。

「ま、待ってくれ! ほんとに、……ほんとに覚えてねェか? おれ、ずっと、ずっとここで待ってて、……また会えるかって聞いたら頷いてくれたのに、おれが泣き虫でドジだったから、名前も聞き忘れて、探せなくて、……だから、ずっと待ってて、なァ、……ほんとに覚えてねェ?」

 親切心を蔑ろにされた不快感にカッとなった頭に、切々と訴えてくるような縋られ方をして、眉を顰めながら睨む。

「おれが、泣き虫で、ずっと泣いてたから、ほんとはおれのこと、嫌だったか? 泣いてたから、鬱陶しがられてるのかもって、だから、泣き虫やめたら、また会えると思って、……おれ、もう置いてかれたからって泣いたりしねェ大人になったぜ、……泣き虫が嫌だったなら、今はもう泣かねェし、……だから、…………覚えてないか?」

 もう泣かない、と言いながら、ぐす、と鼻を啜る大男に嫌悪感もどこかへ飛んでいってしまった。その情けない有様はただのナンパじゃない気もする。本当に、知り合い? でもこんな大男、一度でも関わったら絶対忘れないと思う。だから、この人は本当のことを言ってるのかもしれないけど、きっとその相手を間違えてしまっているんだ。ド派手にすっ転んだり、人違いをしてしまったり、重ね重ね不運な男の人に同情してしまう。

「ここでな、泣き虫なおれのこと馬鹿にしたりも怒ったりもしないでずっと手繋いで側にいてくれたことが忘れられなくて、……おれ、それがほんとに嬉しかった。忘れられてるのはさみしいけど、あの時言えなかった言葉を聞いてほしい。ありがとう、泣き虫の側にいてくれて」

 ぐす、と涙を隠すように私の手を掴んでいない方の手で金色の髪の毛をくしゃくしゃに引き寄せてふわふわのそれで表情を隠した男の人に、あの天使が重なる。

「……お兄ちゃんに置いていかれて泣いてた子?」

 さっきまで思い出していた小さくて儚い天使と、大きくて逞しい男の人がどうしても一致するはずがないのに、呆然と呟いたその言葉に隠れていた目が覗いて嬉しそうに細まったから確信する。

「ご、ごめんね、……ナンパだと思って、きつい態度とっちゃった、ごめん、……それもだし、昔も、約束破ってごめん、……引っ越し、したから子どもの私には約束、守れなくて」
「おれのこと、嫌いになったから、来てくれなかったわけじゃねェ?」

 会話なんてなかったんだから好きにも嫌いにも傾くはずがないけれど、そんな理由で会いに行けなかったわけじゃないから首を振る。よかった、と心底安心したように笑う男の人に、ずっと強張っていた体の力を解く。

「それに、約束は破られてねェよ、……明日って言ってねェからな、おれ。……いつかは決めてなかったから、……今日会えたから約束は守ってもらえた、謝ることなんかひとつもねェよ」

 屁理屈な優しさを並べてくれる男の人は、見た目は思い切り変わっちゃったけど中身は相変わらず天使のようで頬を緩めながら肩をすくめる。

「……ナンパだと思ってキツい態度とっちゃったのは謝らなきゃ」

 でもちゃんと、これは謝らなきゃ。下手なナンパだと思ったから本当に酷い態度をとった自覚はある。なのに、私と同じように肩をすくめて困ったように笑う姿は謝罪を受けとってくれる気なんてないってのが見て取れて、困ってしまう。

「……ああ、……いや、それは、……ナンパみてェなもんだし、……子どもの頃の約束ってだけで、こんな必死にならねェだろ、普通」