タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2022/04/08


「レディ」「天使」「おれの女神」「プリンセス」

 ちゅう、とストローでサンジくんの持ってきてくれたジュースを飲みながらふと考えた。あれ、私、サンジくんに名前で呼ばれたことなくない? ナミさん、ロビンちゃん、ビビちゃん、……私のことを、ちゃん付けかさん付けで呼ぶかもわからない。それすらわからないということは本当に一度たりとも呼ばれたことがないんだという事実に、とにかく不思議で首を傾げた。
 嫌われてる、わけではもちろんないと思う。思い返しても名前を呼ばれないだけで、ナミちゃんたちより扱いが雑だったことなんて一度もない。みんなと同じように愛を囁かれて傅かれてかわいがられているのが態度からもよくわかる。好かれている。他の子達と同様に愛されている。だからこんなにも長い間気付かなかった。みんなと同じように扱われているのに、ただ名前だけは一度も呼ばれていなかった。

「……どうしてだろう」
「何がだい?」

 不思議で思わず首を捻った瞬間、後ろからサンジくんの声がした。女の人の悩み事にすぐさま馳せ参じるサンジくんの騎士道精神を忘れていて、あ、と思わず口を閉じてももう遅い。こつこつと音を鳴らしながら甲板を歩いて座って海を眺めていた私の隣に跪いてくれたサンジくんに視線を向ける。その顔はレディの憂いごとを晴らさねば、なんて使命感に燃えていて思わず笑ってしまった。

「レディ、何が不思議なの? ロビンちゃんのように博識ではないからおれに答えられるかわからないけどそれでも誠心誠意レディのためにおれも一緒に考えるよ」

 レディ。ロビンちゃん。やっぱり私のことは名前で呼ばないなあ、と気付いてしまえばもう気になって仕方がなくなってしまう。こればっかりはロビンちゃんの博識な脳より、サンジくんしかわからないことだから聞いてみてもいいんだけど、でもどう言えばいいのかがわからない。だって、なんだか拗ねた子どもみたいだ。名前を呼ばれないだけで愛はそこかしこで感じてる。今だって私が悩みを抱えていると思っているから真剣な表情でどう憂いを吹き飛ばそうか考えてくれている。こんなに親身に愛情をかけてくれている人に、ただ名前を呼ばれたことがないな、なんてそんなちっぽけなことを言ってしまうのはなんだか恥ずかしい気がして。それに、サンジくんが私を名前で呼んでくれないのが不思議で、なんて言ってしまえば、愛情があることはわかっているから不思議なだけで私は全く傷付いていないのに、レディを悩ませて傷付かせただなんておれはなんて最低なんだと逆にサンジくんが傷付いてしまいそうな気もしてしまう。
 うーん、と口籠もる私に、そんなに深刻な悩み事なんだろうかとどんどん心配そうに顔を歪めていて、今更なんでもないよと言ったところで信じてもらえなさそうだと苦く笑ってしまう。仕方ない。腹を括ろう。

「あの、えーと……ただ不思議だなあって思っただけで、全く傷付いてないし、まして責めたいだとかは微塵も思ってないことは念頭に置いといてくれる?」
「……うん? うん、大丈夫、なんでも聞くよ」

 わかってるんだかわかっていないんだか、不思議そうに首を傾げながら更に神妙な様子になって頷いてしまったからもう言えば言うほど私のただの疑問が深刻になってしまうと言い訳をするのを諦めた。ただ事実だけを簡潔に聞けるように息を吸う。

「あの、私、サンジくんに名前を呼ばれたことがないなあ、って思って」
「……? ……!!」

 サンジくんを傷付けず簡潔に言えただろうか。少し不安になって視線が下がったせいでいつの間にか正座になってまで真剣に聞いてくれていたサンジくんの体勢に気付いてやっぱり申し訳なくなる。いやほんと、別に名前呼ばれなくたって愛情はそこかしこで溢れるほど感じてるから、そんなに深刻な話じゃないんです。ごにょごにょと口の中だけで言い訳を転がしていてもサンジくんに伝わるわけもなく、ちら、と視線を上げればぽかんとしたまま固まっているサンジくん。それが、ぱちん、と視線があった瞬間に、ボッ、と火が燃え上がるように真っ赤になったから驚く。

「エッどうしたのサンジくん」
「いやそんな、だって、そんな、はず、はずかしい、」
「なにが?」
「な、なまえ、ごめん、」

 料理人の手が目を隠すように顔を覆っても見えている耳が真っ赤になって何も隠せていない。なんなら手もちょっと赤くなってきてる。白い肌だから目立つ体温の上昇に緊張が緩んで頬も緩んだ。よかった、変に受け取られて傷付いたりしなくて。胸を撫で下ろしてからサンジくんの言葉に首を捻る。

「いや、恥ずかしいも何も、名前呼ぶよりよっぽど恥ずかしい言動いっぱいしてるよ?」

 女神とか天使とかプリンセスとか。代表的なレディだって、普通の男の人はそうそう言わないし、そもそもあんな口説き文句の数々をぺらぺらと言えるサンジくんにとって何がそんなに恥ずかしいのかわからない。普段の方がよっぽどアレだよ。思わず失礼としか言いようがない返事をしてしまったけどサンジくんは恥ずかしさに身悶えていて私の言葉をきちんと噛み砕けていない気がする。助かった。恥ずかしい言動してるとか言ってごめん。

「あれはそもそも礼儀だし、そういう、そういうのとはまた違って、だって好きな子の名前だからその……あ゛っ」
「えっ」

 礼儀って、と思わず笑おうとしたのに続いた言葉に今度は私が両手で顔を覆って身悶える羽目になってしまった。