タイトルを考えるのが死ぬほど苦手

 
2022/03/10


 蛍の光のようにタバコを燻らせて船縁に身を預けていつも丸い背中をさらに丸めて海を眺めているサンジくんが女子部屋から出た瞬間に視界に入った。ぴく、と丸まった黒い背中がほんの少し動いたのが夜の暗がりでもわかって苦笑する。女子部屋の扉が開いたことに、見られていることに瞬時に気付いて、だけど気付いてないフリをするサンジくんの気遣いに思わず笑いながらその背中へ一歩一歩歩みを進める。
 だけど気付いていないフリはすぐ終わった。私が階段を降りようと手すりに手を伸ばした瞬間、私の指先に触れたのはサンジくんの手。キリッとした表情を浮かべたサンジくんがすぐそばに立っていてきょとんとした私に、お手をどうぞ、とエスコートしてくれてその早技に頬も緩む。

「こんな夜中にどうしたんだい?」
「目が覚めちゃって」
「あったかい飲み物でも淹れようか」
「ううん、大丈夫、それよりさっきは何を見てたの?」
「ひっ」

 他の人を起こさないために普段より小さいトーンで話すからか、階段をゆっくり降りるためにエスコートされているからか、いつもよりほんの少し近い位置にあるサンジくんを見て尋ねる。最後の階段を降りて二本の足が甲板にしっかり着いたのを確認したと同時にするりとスマートにエスコートを終わろうとしたサンジくんの手を追いかけて、さっきよりぎゅっと密着させる。エスコートといつものセクハラはサンジくん的に意識の置き所が違うのかあっさり手放されたことになんだか寂しくなって伸ばした手だけど、思いのほか面白いリアクションを返してくれるから寂しいのなんて一瞬で吹っ飛んでしまった。さっきまできりりとした表情でスマートな紳士を名乗っても大丈夫なかっこよさだったのに、一瞬で軟体動物にでも変化したのか顔の表情筋も体もぐんにゃりとろけてしまって思わず笑う。

「ねえねえ、何見てたの?」
「はひッ?!」

 手を繋いでるだけではふはふと息をすることに必死なサンジくんに酷かなとは思ったけど、一向に進まない足と会話に焦れて手を繋いだまま腕に抱きつくように体を支えてサンジくんがさっきいた船縁にまで引きずる。ぐにゃんぐにゃんのふにゃんふにゃんだったけどレディに重たいものを持たせるわけにはいかねェの信条でもあるのか息も絶え絶えだったし足も絡めまくってたけど思ったよりも簡単に船縁にまで到達することができてホッとする。
 確かここら辺で、この角度で、こうやって海を眺めていたはず。だけどいくら目を凝らしても月が真上で輝く時間帯の海は真っ暗闇に溶けていて魚も何も見えない。

「ねえ何見てたの?」
「づぎ、」
「ん? わっごめん!」

 ゴフッ、と呻いたサンジくんを見上げれば片手で鼻をおさえながらもぼとぼとと鼻血が溢れ出ているのがわかってギョッとする。いつの間にそんな惨状に。ぐねぐねのとろとろになる分には面白いし可愛いし全然良いんだけどサンジくんの体調的に出血沙汰はダメだ。下手すると本当に死んでしまう。慌てて絡めていた手も腕も離してハンカチで滴る血を吸い取っていく。死にかけてるのに手と腕が離れたことにあからさまにしょんぼりして、鼻血を拭うためにハンカチを添えられた瞬間また嬉しそうに頬を緩めたから苦い笑みが浮かんでしまう。

「月、を見てたんだよ」
「つき?」

 ほんの少し落ち着いたのか、さっきよりも明瞭な言葉が聞こえて上を見上げる。月なら下の海じゃなくて、上の空を見なくちゃいけないのに。

「海に映る月がゆらゆらしてて、レディみたいに綺麗だったから」