「なあ、あの人大丈夫か?」

 とうとう堪えきれなくなった萩原が問うてきて苦く笑う。幸せに潤んでいた愛らしい瞳は今ではもう、溶けるんじゃないかってくらい涙の大洪水で、事情を知っている小さなライバル、もとい元の姿に戻った義妹が呆れながらも背中をさすって落ち着かせている。全く落ち着く様子はなくぼとぼとと涙をこぼしているが。

「俺とナタリーと赤ん坊を見て泣いてたのも懐かしいな」

 そういえば伊達は一度彼女の泣き顔を見ているわけで、理由も知った今どこか照れくさそうにしている。相変わらずそれだけで受け入れるから懐の広い男だ。見習いたい。妹にすら嫉妬する俺には難しいかもしれない。

「彼女の知っている俺は、一人きりだったから。こうしてお前達と過ごしている俺を見ると感極まるらしい。確実に泣きますけど気にせず話しててください、邪魔はしたくないんですって先に釘さされてる」
「面白い人だなマジで」
「邪魔も何も主役なのにな」

 えぐえぐと嗚咽まで届いてきた。

「そんでゼロはなんでそんな機嫌悪いの? 見てて心配になるくらいの泣きっぷりだけど、感極まってるだけで嬉し泣きなんだろ?」
「餅を焼いてるだけだが?」
「ええ?」

 全員の疑問符が俺に向かって眉を顰める。わかってる。俺の幸せを見て泣いていると分かっていても、今彼女の心のうちに俺以外の男が入っていて、俺以外の男に泣かされていると思うと無性に腹が立つ。せっかく祝いに来てくれた同期に八つ当たりしてしまっているけど、それでも広い心で受け入れられるから余計に気持ちのやりどころに困る。

「お前はほんと、あの人のこととなると了見が狭くなるよなあ」
「わかってる」
「まあ自覚があるだけマシか」

 呆れたように笑う同期達に、同期だからこそ思う存分こうして年甲斐もなく拗ねているところを見せられているんだから餅を焼きつつも全力で甘えていて気恥ずかしい気持ちにもなる。こんな俺を見ているのが彼女は嬉しいんだろうなあ、とまるで他人事のように思いながら振り返れば涙の洪水が滝になっている顔に苦笑した。

「ほら、泣いてる妻を慰めるのも夫の役目だろ」
「行ってこいよ」

 とすん、と四本の手が背中を押してたたらを踏む。瞬いて同期達に視線を戻せば失礼にもシッシッと手を振りながらも優しく見守る八つの目に思わず頬が緩んだ。

「ありがとう」
「なにが?」
「早よ行け」

 つれない言葉すら優しさが隠しきれていない。今度こそ声に出して笑って妻の元へ足を進めた。


2021/09/27


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