「ヴッ」
うん。わかる。その一言に彼女の感情全てが込められていることは嫌というほど理解できる。彼女じゃなくたって、感動の名場面とも言える瞬間だ。俺の小さなライバルが、年相応の姿になって、気恥ずかしそうにツンと澄まし顔をして目の前に立っているのだから。
でもその反応にじわじわと嫉妬心が燻っていく。
「かわい、きれい、ううう」
「……大袈裟よ」
ぼとぼとと涙を流しながら讃美を繰り返す声に、満更でもなさそうな答えにぎりぎりと奥歯を噛み締める。水は差さない。差さないと決めた。この日に引き合わせると決めた日からちゃんと、ちゃんと覚悟して、準備をしていただろう。たくさんシミュレーションして、胃がキリキリするほど鞭打って、覚悟したはずなのに。
血は繋がらないとはいえ姉妹の感動の再会だ。わかってる。ただの妹に嫉妬するなんてみっともない。わかってる。わかっていても、これは紛れもない嫉妬だ。
「お姉ちゃんにも、……少しだけど会えたの」
「よかっ、よかった……!」
「次がいつになるかは分からないけど、また会わせてくれる、って」
嗚咽を零してとうとう言葉を発することさえできなくなった彼女がそれでも返事をしようとこくこくと頭を振って相槌を打つ姿を穴があくほど見つめる。こっちを見ないだろうか。一瞬でも俺を見てくれたら、それだけで心が晴れるのに。水は差さない。だけど心の中でそんなことを思うくらい許してほしい。
「……急にこんなに大きくなってしまったけれど、これからもあなたのことをお姉ちゃんと呼んでも、いい?」
ひっ、ひっ、ととうとう引き攣り出して過呼吸にでもなるんじゃないかというほどの号泣をしている彼女を見て何を不安になることがあるんだ、なんて。俺も人のことを言えない。あんなにまっすぐ愛を伝えてくれていた彼女のことを一番信じていなかったのは俺自身で、拗らせていたくせに。側から見ればこんなにわかりやすいのに、自分に注がれる愛にはどうして人は鈍感になってしまうのか。目の前で不安気に答えを待つ少女も、俺と彼女がぐだぐだお互いに一方通行に好意を向けていたのを見ていた時にはこんな気持ちだったんだろうか。
答えを紡ぎたくても泣きすぎて声を出すことができない彼女はとうとう諦めたのか、両手を伸ばして身長差のおかげで抱きしめやすくなった身体を抱きこむ。肩口でひぐひぐと涙を流す彼女の真意は妹に伝わったようでこわばっていた表情が肩口で緩む。ばちん、と目があって取り繕うように、フン、と視線をそらされて妹もただ抱きしめられるだけじゃなく抱きしめ返した腕に舌打ちをしそうになった。大人気ないにも程がある。あれは姉妹。ただの姉妹。嫉妬することなんてない。俺は妹が一生知ることのない姉の表情をたくさん知っている。
「……ねえ」
水を差すな水を差すな水を差すな。それ以外を考えてしまえば途端に忘れて引き剥がしにかかりそうになる本能を抑えてじっとしていれば唐突に投げつけられた声に一瞬反応が遅れる。頑張って水をささないようにしているというのに本人から声がかけられた場合はどうすればいいんだ。どうすればも何も返事はするべきで、なに、と呟く。思いの外機嫌の悪い声音になって内心で舌打ちをする。いい大人がみっともない。
「結婚式には私も呼んでよね、お義兄ちゃん」
嫉妬だのなんだの何もかもの感情が一瞬で飛んで、間抜け面になった。対してその単語を放った人物は号泣している姉に抱きしめられながら勝ち誇ったように笑っていて、思わず笑ってしまった。
「口うるさそうな義妹ができて困ったな」
「口うるさそうな義妹じゃなくて、口うるさいのよ。お姉ちゃん泣かせたら許さないんだから」
「現在進行形で泣かせてるのは妹の君だけどな」
ぐ、と言葉に詰まった姿に頬を緩ませる。義兄義妹第一ラウンドは勝てた。よし。
2021/06/24