「おねえさんは良い人、のはずだよね?」
びゃっ、と声が漏れそうになるのをどうにか耐えた。そうですよね、この間の盗聴器、確実にコナンくんですもんね。やり方は若干間違えてるけど哀ちゃんを心配して守ろうとして盗聴器つけて、それが壊されて連絡がつかなくて、いくら無事に帰ってきたとしてもどう誤魔化したのかはわからないけど哀ちゃんの口からは何も聞けない状況は脅されてたりしてないか心配になるの仕方ないですよね。でもその問いかけ方は哲学的すぎて即答したくてもできないし、探偵の目で見つめられると心臓がありえないくらい早く動いちゃう。
「良い人になれたらいいですよね……」
どうしようどうしようと焦った末に出てきた言葉はやっぱり哲学的な答えになってしまった。コナンくんも私の間抜けな返答に毒気が抜かれたのか厳しい目じゃなくて呆れた目で私を見ている。でもだって、良い人だよって自己申告する人、それはそれでこわいし、でもだからって自分のことを悪い人とは思いたくないし、良い人になりたいと願って行動するしかなくないですか。
「……悪い人じゃないとは思ってるよ。灰原のこと命がけで守ってくれようとしたんだから。でも、おねえさんのことよくわからないんだ」
「私もよくわからない……」
「……」
ふざけてんのか、みたいな再度厳しい目で見られて苦く笑う。
「いろんな事件に巻き込まれて怖い目にあったりもしたけど、本来なら関わり合えることのない世界の人達と友達になれたりして、……人生楽しんだもの勝ちだって思うようにしたんです」
「なるほど、僕と付き合えると楽しいですよアピールをすればいいんですね」
「びゃっ」
奇声を上げた口をおさえて固まる。えっ心臓出てない? びっくりした口から心臓出てくるかと思った。真後ろから急に声がした。ということは今真後ろに降谷さんが私を覆うように立っているというわけで。振り向けば眩さに目がかすんでしまう気しかしないので振り向けない。
えっていうか今何言われました? 心臓を飲み込むのに必死で気付いていなかったけど、またそういうアレを言いませんでしたか。確かに今そういう恋愛のことについては忘れてましたけどだってそれは当の本人がいなかったからその、まさか噂をすれば影、の状況になるだなんて思わなくて。
それともこれ怒られてるんだろうか。でもたぶん私のことを私として見ない人に「全く違う世界の人達」だなんて言ってもいくら探偵でも主人公でもさすがに察することなんてできないと思ったし言葉としては普通の言葉だから特に問題はないと思ったんですけれど。
たぶん降谷さんも、哀ちゃんも、私を私として認識してくれているから違和感に気付けて、松田さんや萩原さん、コナンくんは、降谷の友達、灰原を助けてくれた人、そんな感覚だからきっと私を私として認識できなかったんだと思う。さすがに降谷さんの話術で説明されれば認識せざるを得ないというか、あれからはまだそういうことを検証できる出来事が幸いにも起こっていないから確かな法則はわからないけど。
「それにしても違う世界の人だなんて……相変わらず僕のこと神様扱いですか? 僕が神様だったらこんなに手間取らずに神様の嫁として問答無用で連れていってますよ」
朗らかに怖いことを言われて今度は心臓が止まったかと思った。そんな歌うように楽しそうな声音で肝が冷えるようなこと言わないでください。世界が違うという言葉自体は普通でも一応駄目押しでフォローしてくれたのは理解してますが、やっぱり軽率な発言に怒ってるから私のことからかって困らせるんですか?
「そういえばこの恋心を自覚する前にコナンくんのせいで無駄に振られたんですよね。あれはもちろん告白前なのでカウントには入らないんですが、はぁ……思いだすだけでも胸が痛い」
「いやオレ関係ねえだろ……」
コナンくん、素、素が出ていらっしゃいますけども。私に聞こえてるということは降谷さんにも聞かれてますけど大丈夫ですか。だなんて自分の迂闊さを棚に上げてコナンくんを心配してしまう。
「……おねえさん告白されたの?」
「ウッ」
「……おねえさん可哀想なほどわかりやすいね……」
今度は哀れみの目……。
「わかりやすいですか? なら彼女が僕をどう思ってるか教えてください。僕は彼女に関してだけはどうにも何もわからなくて」
「お願いだから巻き込まないで。僕知らない!!!!」
脱兎の如く逃げていくコナンくんに唖然とする。相変わらず色恋沙汰になるとコナンくんは思春期真っ盛りだからか思考回路が色々と鈍ってしまうらしい。凄腕の探偵なのに高校生らしさが垣間見えて微笑ましくなる、暇なんてなかった。私も色恋沙汰は少し逃げ出したい。でも当事者すぎて逃げられない。そもそも逃げないと約束した。約束したけれど、でも、どうすればいいのかわからない。
「……ふむ、コナンくんの弱点がなんとなくわかりました。可愛いですね」
そうですね。でも私これどうすればいいんでしょう。コナンくんがいなくなったのに立てずにいて、どう見てもはたから見るとものすごくおかしい状況でしかない。座り込んだ私の背後に立つ降谷さん、おかしすぎる。
「固まってしまっているあなたも可愛いですね」
「ぴ」
「はは。まあとりあえず立ちましょう? ほら」
ほら、と呼びかけられてしまったらもう振り返るしか選択肢がない。ちら、と振り向けば手を差し伸べてくれていてまた固まる。
「ほら」
再度ほら、と優しく呼びかけられて、抗えるわけがなかった。右手をそろりと伸ばせば見た目は彫刻のように美しいのにざらりとした皮膚でごつごつとした骨の感触のある大きな手が私の手をしっかり掴んで、まるで重力がなくなってしまったのかと勘違いするほどいとも簡単に引き上げられて浮遊感に心臓が縮こまった気がした。変な体勢で差し出された手を掴んだからか転んでしまうと思ったのも束の間、くるりと社交ダンスをしているかのように自然に足が回転して降谷さんと向き合ってまたたく。
「今のままじゃ、だめなんですか」
つい、言葉が漏れた。
降谷さんを傷付ける言葉なのになぜか降谷さんは優しく笑ったままで、傷付けた私の目だけが泳ぐ。
「うん。特別が欲しい。君は俺が一番だと言う。奇声を発するのが俺だけならまだそれを特別にしようかと思ったが俺だけじゃないし。俺だけの特別が欲しい」
周りに聞こえないように小声で囁かれて瞬く。
「……特別、」
なのに、と続けようとしてちらりと視線を向ければずっと私を見つめていたのか射抜くように真っ直ぐな視線に何も言えなくなった。
特別なのに。
ずっとずっと、あなただけが特別なのに。
「帰りましょうか」
2020/11/08