あの子俺のこと好きだよなあ。
 なんて、陣平ちゃんに言ったらたぶん鼻で笑われるってのはわかってる。でも俺はこの顔で長らく生きていて色恋沙汰に慣れてるし、そういう視線とそうじゃない視線の違いくらい鈍い陣平ちゃんよりわかるつもりだ。前に恋愛の話になったときにそう言ったら図星だったのか思い切りぶん殴られたけど、でも否定はしなかったからやっぱりそうなんだと思う。
 そういう視線を向けられることは慣れていたけど、あからさまに寄ってこないその謙虚なところに思わず惹かれてしまったのも仕方ない。気持ちを押し付けることもなく、想いを昇華することもなく、ただ俺を見守るその姿にときめいてしまった俺は悪くない。
 ここは男らしく俺から告白するぞ、と勇み立ったはいいものの、俺をそっと見守る彼女を捕まえるのは至難のわざで、どうにもこうにもするりと逃げられてしまう。

「あの」

 だから蜘蛛の子を散らすように逃げる彼女から声をかけられて思わず固まった。そしてタイミングを呪った。どうして家族と一緒の時に。
 そう思って、あ、とひらめく。俺の隣に立つこの女性の正体が気になったんだろうか。君を好きになってから合コンもナンパもしなくなって女の影がなくなって久しい俺の隣に、謎の女性が立っているから。

「その、ごめんなさい、急に話しかけて、その、あの、……隣にいる方は、」

 顔を真っ赤にして、震える声で尋ねられた言葉に心の中でガッツポーズをする。ほら。ほらほらほら。見てこの子。すごい可愛いでしょ。俺のこと好きなんだよ。ねえ、こんな可愛い子が妹になるなら姉さんも大歓迎でしょ。

「俺の姉さん、」
「お姉さん、」

 ホッとしたような呟きに頬が緩んで仕方がない。可愛い。本当に可愛い。

「あの、」

 なあに、と思わず姉さんのいる前でどろどろに甘い声が出そうになって、かたまる。
 なんでそっち向いてるの。
 なんで姉さんに、

「一目惚れです!!!」
「は?」
「え?」

 彼女の声が聞き逃しようのないほど大きな声であたりいったいに響く。俺を見ずに、まっすぐに姉さんを見つめて真っ赤に染まる頬で、震える唇で発された言葉にガラガラといろんなものが崩れていく。

「あの、あの、急にこんなこと言ってすみません。でもあの、本気です、一目惚れなんです、その、」
「ええと、弟の、……お友達、よね?」

 姉さんの気まずそうな声と視線に、察されてしまっていることに気付くけど何も返事はできない。

「その、……一目惚れなら、弟も私と結構、似てるわよ?」

 フォローしてくれようと姉さんがどうにか言葉を紡いでくれても再起動にまだまだ時間がかかりそうだ。再起動するための唯一の希望である彼女の視線がこちらに向く気配は一切ない。

「そうなんです、その、萩原くんの顔がとても好みで」

 希望が、

「でも私、女の人が好きなんです」

 一瞬で散った。

「そうしたらその、今、きょう、理想の女の人に出会えて、あの、……一目惚れなんです、ふざけてないです、あの、あなたのことを教えてください、私のことも知ってください、せめてそれから断ってください、あなたの嫌がることはしないです、本当です、あの、」
「……」

 嫌な予感がする。

「可愛い」

 ほら。
 ぼそりと呟かれた声は、俺だけじゃなくて、姉さんの一挙一動に注目していた彼女にも届いた。それ以上赤くなるのかというほど赤く熟れてまつげを期待に震わせて姉さんを見つめる彼女を、固まったままの俺が見つめる。

「そ、れは、その、……期待を、期待をしても、」
「まずは自己紹介からはじめましょ?」
「っ、は、はい、あの、私、」

 勘違いして、失恋して、恋敵が姉さんだなんて。
 俺、どうしたらいいの。

2021/01/03


← →
←