私が既婚者じゃないのは当然知ってるはず。だって私の結婚嫌いは中学でも高校でも周知の事実だったから。降谷くんが警察官になるのが周知の事実だったように。名前変わっててびっくりしたけど。降谷くんこそ既婚者になっちゃったのって思っちゃった。でも下の名前まで変わってたから、たぶん仕事で名前変えてるんだろうな。名前変える警察官って危険な部署だよね、あの完璧降谷くんをただの凡人の私が心配するのはおこがましいかもしれないけどあんまり無理はしないでほしいな。
私はただ降谷くんを心配しているいたいけな元同級生の一般市民なだけだから、だからその、私で遊ぶのはやめてほしい。
「旦那さんとはどういった経緯で出会ったんですか?」
「……二人の秘密なので」
二人の秘密も何も、何もないので語れない。
「どういう方なんです?」
「……良い人です」
どこにも存在しないので、褒めようも、貶しようもない。
「……指輪、素敵ですね」
「ありがとうございます」
降谷くんの視線が落ちた先を私も追って、思わず反対の手で握り込むようにして指輪を隠す。本当に居た堪れない。やめてほしい。これただの虫除けなんです。こんな時代になっても独り身だと変にお節介を焼いてくる人がいるんです。降谷くんだって近所につついてくる人いるでしょう。むしろ降谷くんの方が容姿だって中身だって完璧で、そういうお節介な人から引っ張りだこでしょう。気持ち、わかってくれるでしょう? ああでも降谷くんは虫除けの道具なんて使わずともきっぱり断れそうだ。だから私の気持ちなんてわからないからそうやって訳のわからないことをしてる私のことが不思議でただ純粋に謎を追求しようとしてるんだろうか。やめてほしい。本当にやめてほしい。
────────side降谷
一瞬で心臓が冷えてしまった。名前を変えて潜入捜査をしている今、身の危険もあるから彼女にちょっかいを出してる暇などないのに、つい口から絶望が溢れてしまった。だって結婚しないって、あれだけ結婚したくないって言ってたのに。俺のものにもならないけれど、誰のものにもならないと安心してたのに。
「結婚し、ているんですね」
「……ええと」
当たり前に不審者の目で見られてしまった。いくら女子高生にキャアキャア言われる見た目をしていようが距離の詰めかたが気持ち悪すぎて瞬時に警戒されてしまった。当然だ。これで警戒しない人は逆に心配になる。
「旦那さんとはどういった経緯で出会ったんですか?」
「……二人の秘密なので」
黙してしまった彼女に舌打ちをしそうになる。いいじゃないか、少しくらい、教えてくれたって。
「どういう方なんです?」
「……良い人です」
それはそうだろう。そう思わないと書類にはんこなんて押すはずがない。そんなことはわかってるんだ。どこをどうして彼女を射止めたのか、その糸口を掴みたくて聞いているのにそんな当たり前のことを答えられても意味がない。
「指輪、素敵ですね」
嘘だ。心にもないことを言った。俺の方がもっと良いものをやれる、なんて金に物を言わせるようなことを思ってしまった。なのに彼女は、その、シンプルで、じっくり観察すれば安物だろうとわかるそれを愛しげに指で撫でて、また二人だけの秘密とでもいうようにそっと隠す。それがまた腹が立つ。くそ。どうして。せめて給料の三ヶ月分だろう。どうしてそんな、一ヶ月分もなさそうな甲斐性のない指輪しかおくれない人と結婚したんだ。どうして。
「ありがとうございます」
どうして。
誰のものにもならないって、そう、言ってたのに。
2021/04/24