「あの……本当に申し訳ないんですけどやっぱり安室さんと気軽にお話しというのは難しくて」
「その件はこの間解決したと思ったんですけどやっぱり納得してませんでしたか」
「安室さんはちょっとうさんくさくて……」

 とてつもなく失礼なことを思わず言ってしまって後悔したのもつかの間けらけらと笑い声が聞こえて固まる。待って。引き摺り込まれたけど場所がポアロだからとそこまで身構えていなかったのに、看板娘の梓さんはいないし、よく見ればほかにお客さんもいない。いるのは見覚えのある男の人たち。なぜ。完全なる包囲網。

「わかる。めちゃくちゃ胡散臭いよね」
「お前も大概胡散臭そうだけどな」
「俺はただチャラいだけだよ。見た目がね。こう見えてもおまわりさんだから誠実で安定した職業のお兄さんでーす」
「どっちもどっちだろ」
「ひえ」

 遠目で幸せな風景だと見守ったことはあれど、こんな同じ室内なんていう間近で見たことはないから思わず声が漏れる。慌てて口を押さえるもすでに捕捉されてるんだから意味もなくにこりと萩原さんに微笑まれて思わず会釈する。顔が良い。声も良い。なんだこの空間。

「ちょっと待ってください」
「へ」
「僕だけじゃなかったんですか」
「な、なにがですか」
「僕の顔が好きなんじゃないんですか」
「……うわ」
「引くわ」

 ずい、と目の前に割って入られて固まる。お綺麗な顔が近すぎて死にそうです。綺麗な顔が近すぎて一瞬耳が遠くなったけど、なんだか変なことを聞かれた気がする。

「誰の顔でも良かったんですか」

 あっ聞き間違えじゃなかった。大変なことを聞かれている。降谷さんの後ろで松田さんと萩原さんがわりとドン引いてらっしゃるんですけど大丈夫ですか。そういうことするから降谷さんは信用できても安室さんの言動は信用できなくて困る。そりゃ看板娘の梓ちゃんも炎上を心配しちゃいますよね。安室さんになると不必要に距離が近くなるんだもの。降谷さんのことだからその距離感もきちんと考えていて不必要なものではないのかもしれないけど、でもやっぱり困る。

「いえそんなことはないんですけど」
「一番は誰ですか」
「えっ」
「僕のことが好きだから僕に会いに来てくれたんじゃないんですか」
「そ、……安室さんじゃなくて、……警察のかたが好きなので」
「は?」
「ひっ」
「……なにが違うんですか」
「ふ、雰囲気……? あの、……近寄りがたいというか、高嶺の花というか、冷たい感……あっ」

 言いながら違和感を覚えてすぐに気付く。そうだ、この世界は幸せな世界だから降谷さんに影が無いんだ。とても良いこと。良いことなんだけど、それのおかげで降谷さんに心の余裕ができたのか降谷さんの姿でもなんだか優しさ成分が高かったのかと納得する。だってこんな怪しい女、絶対心に余裕のない降谷さんならもっとえげつない感じで迫ってきそうだもの。優しさが、余裕がある。
 なるほど、と納得した私にどうしたんですかと訝しげな表情を浮かべる降谷さんにへらりと笑う。こんなこととても本人には言えない。本当なら悲しみをたくさん背負ってるから冷たいオーラを感じる降谷さんが好きです、なんて、絶対に言っちゃいけないやつだ。でもスペックは変わらないから隠し事はすぐバレてしまうしどうしようか悩む。

「……なるほど?」

 ほらなんか納得されてる。こわい。なにを察知したんですか。エスパーですか。こわい。

「優しいのがダメなんですね」
「えっ違います」

 それはそれで誤解を招く表現なのでやめていただきたい。たしかに高嶺の花な冷たい感じの降谷さんも好きだけど、だからって冷たくされたいわけじゃない。現に何度か冷たくされたこともあったけど、あの程度の塩対応でも夢だと思い込んでなかったら多分悲しすぎて泣いてたからやめてほしい。

「……面白そうな話の途中で悪いんだけどさ、君のおかげで俺助かったっぽいんだよね。お礼言わせてよ。ありがとう」
「え?」
「俺の同期に、命大事に、っての教えたの君なんでしょ? もうほんとに気が狂うくらい口酸っぱくそれ言われてたからさ、ある事件でちょっと怪我するくらいで済んだんだよ。だから、ありがとう」
「……それ私関係あります? 私はその人にそれを一度しか言ってないので、言いつけを守るくらいあなたに進言した人はその人自身でしょう? 私関係ないですよね」

 事実だ。私はたった一回、それも夢だと思い込んで目の前に存在する降谷さんにテンションが上がりながらあまり深く考えずに言っただけ。それを降谷さんが受け止めてくれて、何度も何度も萩原さんに教えてくれた。降谷さんが功労者だ。私なんてなんの役にも立ってない。何回言えば良いんですか。
 降谷さんの横に並んだ萩原さんに私は関係ないですよと笑えば視界の端に安室さんの意味深な笑みが見えて笑顔が引きつりそうになる。まあ、安室さんがいる場にこの二人が来てこの話題を出してきたんだから逃げられないことはわかっているんだけども。わかっているんだけども、だってこれに関しては本当に私関係ないし降谷さんがものすごく頑張っただけだし、降谷さんを褒めてあげてほしい。

「なんも詳しいこと聞かされてねえけど、関係はあるんだろ。礼くらい言わせろよ。萩原がちょっとの怪我で済んだおかげで俺も助かったんだし、つまりあんたのおかげだろ? ありがとよ」
「……いや余計に私関係なくなりましたよね?」

 松田さんなんてさらに私なにもしてないから。
 萩原さんや、裏できっと活躍してただろう景光さんや降谷さんのおかげだからやっぱり降谷さんにお礼言ってあげてほしい。トリプルフェイス大変だろうし褒めてあげて。
 私が素直にお礼を受け取れるのは伊達さんだけだよ。まあちょっと腕引っ張っただけだけど、伊達さんのお礼ならまだ受け入れられる。

「……ま、俺もよくわかってねえけどな。でも大変そうな同期が楽しそうなのはあんたのおかげなのは事実だろうからそれの礼は受け取ってくれよ。ありがとな」
「……同期さん、楽しそうなんですか?」
「すげー楽しそうだよ」

 安室さんの肩を組もうとして避けられた萩原さんがにこやかな笑顔で会話に入ってくる。確かに、楽しそうだ。だってこんな光景ありえなかったんだから。
 降谷さんに視線を向ければ微笑まれてつられて頬が緩む。

「……ん? いやその同期さんが楽しそうなのは喜ばしいことですが私のおかげではないですよ」
「あなたのおかげなんですよ」
「ひえ安室さんは近いからちょっと困ります」

 心の声が一瞬で出た。乙女心を弄ぶのはやめてほしい。

「僕の言葉は少し信用されにくいみたいなので外堀から埋めようと思いまして」
「……」

 いやそんなことされなくてももう降谷さんとはよくわかっていないなりにお友達になったとちゃんと自覚してるのに。自覚しないと解放してくれなかったの忘れたんですか。ただ安室さんと気軽に話すのが少し難しいだけで。なんて恨みがましい視線はさらりと受け流されてしまった。後ろではなぜか萩原さんが微笑ましいものでも見守るかのような笑顔で松田さんとこそこそ耳打ちしていて気になる。何を話してらっしゃるんですか。

「少し誤算もありましたが」
「ごさん」

 降谷さんが誤算なんてすることあるんだろうか。誤算込みで色々やってそうなのに。そう思って降谷さんに視線を戻すとまだ慣れない笑顔から急に憂いを帯びた表情に変えられてぎょっとする。

「……僕の顔が好きだと思ってたのに誰でも良かっただなんて。ひどい人ですね」
「ひえ」

 頬に手を当ててため息をつく安室さんに思わず声が漏れる。そういうところが! そういうところが安室さんは苦手です!

2019/06/29


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