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「手遅れだった」
「ゼロ以外みんなわかってた」
おめおめと逃げ帰ってヒロの隠れ家の玄関をあけて放った第一声の返事はあっけらかんとしたものだった。殊の顛末を盗聴器越しに聞いていて寧ろけらけらと腹を抱えてヒロは大笑いしていて睨みつけることしかできない。みんなって同期のことだよな。まさか客にもそんなふうに見られてたなんてことはないよな。いやそんなことはどうでもいい。
「……人間相手なら勝負にすらならないと思ってた」
「まああんな態度取られてたんだし自惚れるのもわかるよ」
ひいひい笑いながら言われても煽られているようにしか見えない。馬鹿にしてるだろう。全力で。
「結局断ってたんだし、今は友達と遊ぶのが楽しいみたいなこと言われてて実質ゼロが一番なんだからそこまで拗ねなくても」
「すねてない。……断ってたのか」
呟いた瞬間笑い声が大きくなる。情けなくも裏に逃げて彼女の返事を聞けなかった俺を憐むならまだしもむせるほど笑うな。やめろ。おい。涙まで出てるぞこら。
「笑い死ぬかと思った。で、どうするんだ」
「……とりあえず、恋愛対象として見てもらえるように頑張りつつ、……彼女の視線を他所に奪われないように美貌を磨けばいいのか?」
「迷走してて笑うしかない。恋愛対象として見てもらえるようにだけ頑張れ。いっそ告白した方が早いと思うけどな」
「……降谷に言われたら嫌でも頷くかもしれないだろ」
「オレが言った手前アレなんだけど友達も渋られてたんだから恋人なんて恐れ多いですって断られる方考えろよ。ポジティブか」
「ぐ、」
それもそうだ。それもそうだが、なんでヒロはさっきから俺を笑いながら追い詰めてくるんだ。傷口に塩をものすごく塗りたくってくる。変装で出かける以外は裏方仕事しかできない引きこもり生活のストレスか? 俺だけ表舞台に立って、降谷として同期とは話せないが安室としては同期と会話ができる俺への八つ当たりか? いやヒロはそんな心の狭い男じゃない。ただ俺で遊んでるだけだ。それはそれでムカつくな。
「でも告白して断られたとしても無理にでも軌道修正してそういう対象として見てもらうか、長期戦で地道に頑張るしかないだろ。軌道修正したほうがいいとオレは思うけどな」
軌道修正なんて無理だ。だって彼女はあんなにも友達を謳歌している。俺と自然に友達をしてくれている。なんなら友達であることに誇りすら持ってくれている。それゆえの「安室さんとはお友達です!」ドヤァ!だろ。あんなにも友達を強要したツケが今更きてしまった。今更彼女にそんなこと言ったらせっかくの信頼が露と消えてしまいそうで、それは嫌だ。
あいつらの忠告が今になって痛いほど突き刺さる。だってあの時は彼女が帰ってきてくれたことに浮かれまくっていたし、人間相手なら負ける気はないと本当に思い込んでいた。きっと二人にも指をさして涙が出るほど笑われてしまう。まだ振られてないのに失恋パーティーの準備すらはじめそうだ。俺の味方をしてくれそうなのは既婚者の伊達だけか?
「今更軌道修正なんてできない、から、周りを牽制しつつ少しずつそういう対象に見てもらえるように頑張る」
「荒療治の方が絶対いいと思うけどなあ」
「ふられたくない」
「うわ弱気」
うるさい。笑うな。なんだそのにやけた視線は。他人事だと思って楽しんでるだろう。
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「鍵を忘れた」
「えっ」
男として意識されたいからって一夜限りの関係をほのめかすような軽薄で最低な男の台詞をまさか自分が吐くことになるとは思わなかった。でも、他に何も思い浮かばなかった。少しずつそういう対象に見てもらえるように頑張ると言ったくせに、そういう目で見てもらうためにはそういう目で見ていると伝える方が一番手っ取り早いと思ってしまったから。
本当に部屋に上がり込む気なんてない。世の中の下心丸出しの男達と同じように俺もまた男なのだと、君をそういう目で見ている男のうちの一人なのだと理解してもらうためだけの方便だ。
成人している女性なら確実に警戒する言葉で、警戒するということはそういう対象として見てもらえるということ、になるはず。
さすがに俺を神のように崇めつつ友達をしてくれている彼女でも夜に部屋に上がり込みたいかのような俺の台詞に困惑して目を見開いたまま固まっていて、少しだけ緊張していた心が緩む。
ただ少し、意識をしてほしいだけ。男として意識をしてくれればそれでいい。ほら、断ってくれ。ここで部屋に上げられる素振りを見せられる方が傷付く。そんなにも意識をしてくれないのかと。これは断ってもらうのが正解なんだ。理由はわからなくても本能で断って、あとでどうして友達なのに断ってしまったんだろう、なんてじっくり考えて、降谷零もそういう対象になる一人なんだと思い至ってくれればいい。
何も思われていなければこんな驚きに目を見開いて固まったりはしないはず。全くの脈なしじゃなくて良かった、少しは男として意識をし、
「私、ヘアピン持ってますよ」
「えっ」
「安室さんがそんな凡ミスするなんて、どれだけ忙しいんですか7時間眠れてますか? 健康大事だって散々言ってるのに」
てくれてたわけじゃなかった。
くそ。物凄く俺の体を心配したが故の硬直だった。それはそれで俺のことを心配してくれていてありがたいが、そうじゃない。いやこれは俺が悪いのか。彼女の部屋をピッキングした過去の罰が今きたのか。
鍵なんて持ってなくても降谷さんならどんな扉でも開けられますよね、そう思われるなんて全く誇らしくない。
「あっ……このヘアピンそれ用じゃないから無理ですかね。使い慣れた道具の方がいいですもんね……」
それ用ってなんだ。ヘアピンにそれ用も何もない。ヘアピンは髪専用だ。決して鍵に使い道を見出すものじゃない。ただの髪留めだ。いやそんなことよりヘアピンを持ってなぜかしょんぼりしはじめた彼女に思わず口が動く。
「いえ、僕にかかればこれくらい」
彼女にいいところを見せたい欲が勝ってしまった。ピッキングがいいところなわけは絶対にない。わかっているのに。犯罪行為を自慢したいわけではないが、それでも、神のように俺を崇めている彼女の前で、できません、は言いたくなかった。かっこつけたかった。
「えっはや」
一瞬で開いた音と共に彼女の声が廊下に落ちる。
天秤を傾ける方を間違えたかも知れない。若干引いてなかったか。いやそれはそうだ、ピッキングだぞ。なんでピッキングでかっこつけられると思ったんだ馬鹿なのか。できませんと言って困ったなあとでも微笑むべきだった。恋をすると人間はこんなにも愚かになるのか。本当に馬鹿。
「さすがですね」
褒められてもあまり良い気がしない。だってピッキングだから。ゆっくり休んでくださいね、と俺の休む時間を奪わないようにおやすみの言葉を紡ぎながらも扉が閉まるギリギリまで俺の顔面を目に焼き付けるようにしている彼女に言葉も返せず見送ることしかできなかった。だってどう言い訳をすればよかったんだ。少し彼女に意識してもらおうと、ただそれだけだったはずなのに失敗するだけならまだしもなんだか少し意味のない怪我をしてしまった気がする。
お出迎えありがとう、ハロ、帰ってきて早々悪いが慰めてくれ。
▽▽▽
「あの、ちゃんとわかってますか?」
あまり真面目に聞かずに受け流していたのを悟られて苦く笑う。ポアロに二人きりだから気を張る必要がないおかげもあるけれど、それでも俺の機微を悟れるくらい俺を見てくれていることに感謝しつつ、じゃあなんでこの恋心に気付かないんだと恨めしくも思う。
特に今、彼女とポアロとは言え二人きりなのに何故彼女に苦言のような言葉を向けられているのかというと、まあその、口説こうとした結果、彼女の口から怒涛の俺に対する褒め言葉で反撃を食らって負けている状況。
最初は頑張って言い返してた。でもその度に「私より安室さんが」と1返した瞬間10の褒め言葉が返ってくる。口を挟む暇がない。俺に口で勝てるはずがないだなんて大嘘。今、全力で俺が負けてる。情けない。情けなさすぎる。
それでこれ、ヒロも聞いてるんだよな。二人きりとはいえポアロの中だから。多分今げらげら笑ってるんだろうなあ。恥ずかしいとかそういう感情すら湧かない。
だってもう、彼女の怒涛の褒め言葉があまりにも大仰すぎてなんだかふんわりとしか受け止められない。
彼女の言い返し方が「私なんかより」系統じゃなかったのも彼女が自分を卑下したりしないで良かったけれど、それが敗因でもあって内心苦笑する。もし「私なんかより」なんて、自分を下げて俺を上げていたらこっちだってもう少しスマートに口説き返せていたと思う。それこそこの口論に勝てていたはず。
だけど彼女は自分を卑下するわけじゃなく、ただ俺を高すぎる場所に置いていて、それが俺の恋心の口説き文句を上回ってしまっただけ。下心のある褒め言葉と、純粋な褒め言葉、そりゃあ押し負けてしまうのも当然だ。だから別に悔しくはない。
いや下心って別にそんなセクハラじみた口説き文句はひとつも言ってない。言ってないはずだ。たぶん。
悔しくはないけど、この止まらない褒め言葉の大雨、いつになったら終わるんだと思う?
二人きりとはいえポアロの中だから彼女は降谷に対する褒め言葉は濁して濁して濁してどうにか安室に絡めて褒めてくれている。それでもこの鳴り止まない雨。もはや滝。純粋に褒めてくれていることがわかるから安室に嫉妬すら湧かない。というか褒め言葉の合間合間に「安室さんはちょっとうさんくさいですけど」という枕詞がつくから複雑な気分になる。安室、そんなにうさんくさいか?
彼女からすればうさんくさいのが玉に瑕らしい安室ですらこんなに褒められるんだったら、ここが外じゃなかったら、降谷をこれ以上に褒めてくれるんだろうか。
安室を挟むというワンクッションを置いてるからこの純粋な褒め言葉の滝行を冷静に聞いていられるだけで、ワンクッションを置かずに直接褒め攻撃を受けてしまったらどうなるんだろう。想像だけで胸元がそわりと浮き足だった気がして変な妄想をかき消す。
「もう本当、言葉じゃ表せられないくらい素敵な人だって自覚を持って生きてください。安室さんが笑顔だとみんなが幸せになります」
それは教祖か何かか?
なんて、心の中でふざけてしまうくらい大袈裟すぎる文言に思わず安室の顔が崩れて素で笑ってしまった。だって彼女の笑顔が本当に眩しかったから。満開の桜を見たかのような笑顔を咲かせたきっかけが、自分だということに胸が高鳴る。
「安室さん、聞いてますか?」
「聞いてます。でも僕がそれをしたかったんです」
「?」
何もわかっていない彼女に今度は意識的に微笑む。彼女が好きそうな角度で精一杯愛を込めて。ヴッ、という呻き声は他の人が発したら何もかもを台無しにする音だけど、俺の笑顔で、俺の言動で呻いている彼女の声は俺にとっては心地が良くて愛おしい音楽のようなものだった。
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急拵えのテコ入れなんて効くはずもなかった。俺がいろんな負け方をしただけ。やっぱりこつこつと長期戦をする覚悟で挑まなければならないのはわかっていても、今までの女性とは全く違う反応ばかり見せる彼女に対してどうすればいいのかわからなくて結局デートに誘うことしかできない。
「一緒に出かけませんか」
「? 安室さんがちゃんと眠れてるなら」
こっちの葛藤なんか知らずに二つ返事で即答した姿に喜べばいいのか悲しめばいいのかわからない。友達を受け入れた彼女は、友達と出かけることになんの疑問も持たず快く引き受けてくれる。
「デートですね」
「うぐぅ……あの本当に大丈夫だとわかってても心臓に悪いので……」
照れて真っ赤になるなら脈もあるかと浮つけるけど、彼女は安室のファンに刺されないかと怯えた表情で感情を噛みしめるから内心俺も苦虫を噛み潰す。普通の女性相手なら武器になる顔は彼女相手では武器ではなく芸術として拝まれてしまっているし、普通の女性相手なら武器になる会話術も神のように俺を崇める彼女にはなしのつぶてでしかなく全てをありのままに受け止められてしまう。俺のやることなすこと全て正義で何も疑うことなく受け入れる。
とりあえず好感度を上げたいのに、既にその好感度がカンストしている場合はどうすればいいんだ。上げようがない。一番好きと言ってくれるのは嬉しいが、路線が違う。友達路線から恋愛路線に乗り換えてもらうにはいったいどうすればいいんだろう。
「人目が気になるなら今回はドライブでもしませんか」
「……大破しません?」
付き合ってもいない男に、密室で人目も逃げ場もなく、信頼関係がなければどこに連れて行かれるかわからないドライブに誘われたら警戒するのは普通だ。普通だけれど彼女の心配事は普通じゃなかった。まあ確かに、確かに何度か愛車を破壊したことはあるけど、彼女は一体どの件の愛車大破を見てしまったんだろうか。
「安全運転を心掛けます」
「それなら安室さんの車、乗ってみたいです」
心配事はそれだけだったらしい彼女はやっぱり二つ返事で承諾してしまう。久々の休日を想い人と二人きりでドライブデートができるのは嬉しいけど、意識してるのは俺だけだということも浮き彫りになって少し落ち込む。でもこんなことで落ち込んでる場合じゃない。少しでもそういう対象として意識してもらえるように、少しでも俺から視線を外さないように、俺以外を見ないように、どうすればいいのかはわからなくてもそれでも努力しなければ。